「田舎」x 「クリエイティブクラス」で地方創生!(連載2話目)

地方創生・地域活性化の中でも農業分野におけるマーケティング、技術、トレンドをリアルな現場からお伝えする特集「農業×IoT」第二回連載のテーマは、「地方におけるコワーキングスペース開設の意義」です。 2018年7月に成立した「働き方改革を推進するための関係法律に整備に関する法律(通称:新しい働き方改革法)」は、労働時間に関する議論が大半を占めますが、著者の注目するポイントは「働く場所」。 無料WiFiがカフェや公共施設に整備されるにつれて、スマートフォン・ノートパソコンを持ってさえいれば、どこでもオフィスのように仕事ができる時代に新たに生み出された「コワーキングスペース」の在り方そして今後を考察していきます。

コワーキングスペースについて

2016年9月、厚生労働省内に「働き方改革実現推進室」を設置し、2018年7月には「働き方改革を推進するための関係法律に整備に関する法律(通称:新しい働き方改革法)」が成立しました。とかく、労働時間に関する議論が多いこの法律、私は「働く場所」について注目しています。2016年以前、ノマドワーカー(Nomad:遊牧民+worker:働く人の造語)という言葉がありました。テレビ番組「情熱大陸」で株式会社スプリー代表の安藤美冬さんの活動が取り上げられたり、「ノマドワーカーという生き方」を出版された立花岳志さんらによって広く一般化するに至ります。無料WiFiがカフェや公共施設に整備されるにつれて、スマートフォン・ノートパソコンを持ってさえいれば、どこでもオフィスのように仕事ができるようになりました。ただ、快適であるかについては、意見が分かれるところです。第二回連載のテーマは、「コワーキングスペースについて」です。

クリエイティブクラスとは?

連載第1回のなかで、「クリエイティブクラス」という言葉を用いました。この言葉について少し解説しておきます。

新クリエイティブ資本論」

アメリカの社会学者で現在はトロント大学ビジネススクールで教壇に立つリチャード・フロリダ教授が2000年前後クリエイティブクラスについて特に言及をし始め、2012年に出版した「The Rise of the Creative Class, Revisited」でその言葉が一般化したように筆者は認識しています。
「新クリエイティブ資本論」という邦題で2014年にダイヤモンド社から出版されていますので、お読みになった方もいらっしゃるかもしれません。1980年代のアメリカは、ビッグスリーと呼ばれる自動車メーカーが相次ぐ業績不振に陥っていました。一方、同時期の日本企業は総じて好調でした。フロリダ教授は、トヨタ自動車などのメーカーを研究対象とし、日本企業の優位性構築の肝は「従業員の創造性」と「創造性のある人材の集積」であると結論づけました。創造性のある人材=クリエイティブクラスの育成こそが、国家の優位性を形成すると説いています。
フロリダ教授は、その後「都市」と「イノベーション」をテーマとして数冊を上梓していますが、先に紹介した「The Rise of the Creative Class, Revisited」において、ある都市と都市を比較する際には、Talent(才能)・Technology(技術)・Tolerance(寛容)という指標と、クリエイティブクラスの棲息分布が重要であるとしています。

企画のねだんとは?

「田舎でコンサルティング業なんて、需要ないよ」移住してまもなく、筆者が名刺交換の度に言われた言葉です。そして、私よりも1年ほど前に移住された映像クリエイターの方も「企画とかデザインの経済的価値をなかなか分かってもらえない。」とボヤいていたことを今でも覚えています。永らく製造業で栄えた江津市には、形としてはっきり目に見えるものに対する経済的価値、特に職人の手による伝統工芸品への愛着が深くあります。一方で、知的生産活動への経済的価値は、まだまだ理解されない一面があります。私は、サラリーマン時代にコンサルタント・デザイナー・広告代理店の方々と一緒に仕事をすることも多く、ゼロからモノ・コトを生み出す力に、驚かされていました。また、その報酬はとてつもなく高額でしたが、創造された企画・デザインの価値も同じように高く感じていたのです。そのギャップをビジネスの力でなんとか埋めたいと考えていました。

全国でも珍しいシティースローガン

「GO▶GOTSU! 山陰の『創造力特区』へ。」
「GO▶GOTSU! 山陰の『創造力特区』へ。」

江津市では、2010年に開催された「第一回江津市ビジネスプランコンテスト(通称:Go-con)」によってある変化が起き始めました。それまでメーカー等の企業誘致に注力してきた江津市役所ですが、工場立地に必要な広大な土地や高速道路の整備が捗らず、他の市町に比べて競争力が弱いことに気づきました。そこで、起業支援で有名なNPO法人ETIC.に協力を仰ぎ、起業人材の誘致に舵を切ったのです。すると、クリエイティブな仕事をする人がコンテスト開催を重ねる度に流入するようになりました。

2014年末に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生総合戦略」に基づいて、地方自治体においても国の総合戦略を勘案しつつ、市町村版の総合戦略の策定を求められるようになりました。江津市では、それまでの取り組みを踏まえて、2015年度末に「GO▶GOTSU! 山陰の『創造力特区』へ。」というシティースローガンを総合戦略の目玉として決定しました。この策定に関わったのが、全国で数々の素晴らしい地方創生・まちづくりコンサルティング案件を手がける博報堂スマートx都市デザイン研究所長の深谷信介(https://www.hakuhodo.co.jp/archives/column_type/nippon-tokotoko/)さん率いるクリエイティブチームです。私は深谷さんのことを心から尊敬しており、時を同じくして「江津市」と「クリエイティブクラス」という2つのキーワードが二人の頭にあったところに深くご縁を感じています。

田舎にコワーキングスペースは必要なのか?

「ありえない」をブームにする
つながりの仕事術

コワーキング(Co-Working)とは「協働」すると訳せます。
「パクチーハウス東京」という伝説のパクチー料理専門店のオーナー佐谷恭さんが2019年1月に出版された「『ありえない』をブームにするつながりの仕事術」という本のなかに、35ページに渡ってコワーキングスペースについての記述があります。

2006年11月、世界初のコワーキングスペース「シチズン・スペース」がカリフォルニアにオープンし、日本では2010年に神戸で「カフーツ」と経堂のパクチーハウス東京と併設される形で「パックス・コワーキング」がオープンしました。その後、読者の皆さんもご存知の通り、SOFTBANK VISION FUND L.P.が40億ドルを出資する「WeWork」が、破竹の勢いで世界中の大都市にコワーキングスペースを展開しています。

翻って、人口も少なく公共交通機関も整っていない田舎まちにコワーキングスペースは必要なのでしょうか?
そもそも、人口集積率の低い土地柄でマッチングのビジネスは成り立つのでしょうか?連載の第一回でご紹介したように、筆者は未経験領域に取り組むことが好きです。特にビジネスとして扱うときには「自分にとって初めてのこと」x「地域にとって初めてのこと」の重なる部分を手がけたいと考えています。マーケットがそこにあるからやる、ではなくて、新たにマーケットを作り出したいという発想です。

事業化の軸
事業化の軸

筆者が運営するゲストハウス「アサリハウス」は、築130年の古民家ですが、延べ床面積は550平米、部屋数は11という巨大な邸宅です。30畳の大きな広間もあります。宿泊施設だけではとても収益性を見込めません。そこで、リノベーションの当初から「複合サービス型ゲストハウス」のコンセプトを立て、「泊まる・働く・学ぶ・遊ぶ」という機能をもたせました。その全ての機能は「集う場所を創る」という目的の達成に向かっています。

大広間でワークショップ
大広間でワークショップ

コワーキングスペースに必要なモノ

オフィスとしての利用を前提に空間をデザインするとき、必須の設備条件は(1)高速インターネット回線とWiFi、(2)ホワイトボード、(3)プロジェクター、(4)大型モニター(5)集音マイクとWebカメラ、(6)プリンター、(7)スキャナー、(8)お昼寝スペース、そしてトラブル防止のためのネットワークカメラです。
(1)については説明するまでもなく、クリエイティブクラスと呼ばれる人々の仕事はインターネットというインフラの上に成り立っているケースがほとんどです。特に、写真や映像制作では大容量のデータを扱います。
アサリハウスをよくご利用いただく映像クリエイターの方の自宅はADSL回線しかなくスマートフォンも3G回線のエリアのため、アップロードに一晩かかることもあるとか。アサリハウスは幸いなことに国道近くに位置しているため、NTTの光ファイバーが敷設されていますが、高齢者が多く住むこの地域ではその帯域を利用する住民も少ないのでオープン当初から非常に高速なネット環境が整っています。

ネットワークカメラから見たラウンジの様子
ネットワークカメラから見たラウンジの様子

(2)(3)(4)(5)は、各種ミーティングに必要なツールですね。特に(3)60インチ4Kモニターと360度集音マイクにはこだわりがあり、zoomを活用した大人数でのオンラインミーティングで威力を発揮します。(6)(7)のハードウェアは、なければないでなんとかなるけど、あったらいいものですね。誰かに説明するときには、どうしても紙で資料を出力のほうが良い場合もありますし、逆に田舎ではよくある大量の紙の資料をもらってきてそれを一気にPDFにしたいというリクエストも多いのです。(8)のお昼寝スペースは、極めて重要です。古民家ゆえに畳の枚数は92、どこでも寝ることができます。夏ならば涼風が気持ちいい縁側で、冬ならコタツ。誰にも邪魔されないゆったりした雰囲気ならクリエイティビティが発揮されること間違いなしですね。

コワーキングスペースの価値を決めるコトのデザイン

コワーキングスペースは、ハードがあればそれで良いというものではありません。価値は「そこに集う人々」にあります。実は、アサリハウスはオープン当初「シェアオフィス」として運営していました。フリーランスで活躍される方や起業間もない方に、お仕事するためのデスクを月単位・週単位で貸し出すスタイルです。ただ、シェアオフィスという音の響きに若干違和感がありました。利用目的は同じですが、シェアオフィスよりもコワーキングスペースのほうがより自由で「一緒に快適な空間を創る感」が生まれるのです。ゲストとオーナーという関係性から、みんなが仲間という繋がりや、「おもしろそうなところだから、今度来てみない?」と誰かが誰かを呼び込むという仕掛けづくりに筆者は楽しみを見出しています。

コワーキングスペースを巡る新しい人の流れ

地方と都市をかき混ぜる
-食べる通信の奇跡

WeWorkだけでなく、世界には多くの小規模なコワーキングスペースが生まれています。以前、アサリハウスに遊びに来てくださった「もえさん」が運営するタイのタオ島にある「taohub(https://taohub.asia)」には、バケーションとワーキングを兼ねた欧米のクリエイティブクラスが集っています。南国の煌めく太陽と温暖な気候は、山陰地方にはない魅力です。また、シェアリングエコノミーの新しいサービスとしてまもなく登場する「HafH(https://hafh.com/jp/top/)」にも筆者は大注目しています。月額料金を支払うことで日本全国の提携ゲストハウスに泊まりたい放題となるこのサービス。主にクリエイティブクラスをターゲットとしており、観光客とは異なる消費行動を促す仕組みです。 数あるコワーキングスペースは、それぞれにオリジナリティを持っています。その空間が好き、そこに集う人々が好きで選んでいただいて、ずっと通い続けるのもいいでしょう。一方で、筆者が感じている新しい人の流れは、「転々とする」にあるように思います。人と人をマッチングする機能から、コワーキングスペース同士の連携に注力すべき時がきたのです。筆者が学んだビジネススクールでイノベーション創出に関する講義がありました。恩師の株式会社プロノバ代表取締役の岡島悦子さんは、「イノベーションを創出するための組織にはある一定の『ゆらぎ』が必要である」とおっしゃっています。地方創生・地域活性化の文脈においても、人の出入りが活発なほうがよさそうです。2016年初頭に「関係人口」という言葉も生まれました。食べる通信リーグ代表の高橋博之さんの著書「地方と都市をかき混ぜるー食べる通信の奇跡」や、月刊「ソトコト」編集長の指出一正さんらが、「旅行者(交流人口)と定住者(定住人口)の間にある"何かしらの関わりしろ"を持った関係人口がローカルエコノミーを活性化させる」と言っています。このお二人はアサリハウスにも来訪いただき、セミナーを開催しました。
田舎におけるコワーキングスペースの存在意義は、この関係人口を増やすことにほかなりません。

コワーキングスペースのオーナーとして

私がこれまで出会ってきたクリエイティブクラスと言われる人々は「協働すること」に飢えているように感じます。一つの地域だけでなく、複数の地域との関係性を持ち、それぞれの地域で得たものを別の地域で試してみる、そんな循環が生まれることをコワーキングスペースのオーナーとして期待しています。山陰の創造力特区へとなるべく、アサリハウスとして貢献できることをこれからも仕掛けていきます。