地方創生・地域活性化の中でも農業分野におけるマーケティング、技術、トレンドをリアルな現場からお伝えします。
農業xIoT 農業分野は今、注目の的
2018年あたりから「農業x IoT」がホットワードになっています。TVドラマでも下町ロケットの第二弾は、自動運転トラクターをめぐる大企業と下町工場の戦いが繰り広げられたところです。また、業界紙「日刊農業新聞」の紙面においても、IoT関連の記事が増えつつあります。また、ベンチャーキャピタル(VC)も農業領域のスタートアップへ投資話をよく耳にするようになりました。直近では、投資家・スタートアップ関係者・大企業の新規事業担当者ら900名近くが一堂に会するIndustory Co-Creation™(ICC)サミットFUKUOKA 2019で、農業用収穫ロボットを開発するinaho社が「スタートアップ・カタパルト」部門で優勝を手にするなど、農業分野は今、注目の的です。さて、農業の現場ではどのようにネットワークカメラを活用できるのでしょうか。
地方創生・地域活性化として「未経験でも稼げる農業」を実現
「地方創生・地域活性化」という言葉があります。定義ははっきりしていない言葉と言っていいでしょう。ただ、ひとつ言えることは、東京などの大都市に集中しているヒト・モノ・カネ・インフォメーションが、この言葉がニュースメディア等で踊るようになって以来、確実に流れが変わってきていることです。
筆者が暮らす島根県江津市の人口は、1947年の4.7万人をピークに減り続け、現在2.3万人。人口動態は、自然増減・社会増減という言葉で表します。生まれる子どもの数よりも、亡くなる高齢者の数のほうが増えると、自然減になります。一方、社会増減というのは、進学・転勤・結婚・その他の理由で、この地域に移ってきて定住する人(住民票を移す)のことを指します。
江津市では、10年ほど前から企業誘致ではなく人材誘致へと定住移住対策の政策を転換し、ビジネスプランコンテストを軸に県外等からのUIターン移住者の獲得に乗り出しました。2015年には「GO▶GOTU!〜山陰の創造力特区へ!〜︎」というシティースローガンも作り、クリエイティブクラスと呼ばれる人材の誘致に力を入れています。筆者もその江津市の姿勢に共感し、全く地縁のないこのまちへの移住を決意しました。
筆者は、「未経験でも稼げる農業」を自ら実践することで、県外への進学・就職を理由とした18歳人口の流出に歯止めをかけることや、都会でサラリーマンを経験したUターン移住者の働き方として一次産業も選択肢になり得ることを実現したいと考えています。
「生産性の向上」が重要
「あんたは農業経験あるんかね?」 初めて行政に就農相談へ出向いた時、筆者が言われた言葉です。自然を相手に、畑を耕し、恵みを戴く。五穀豊穣を神様に祈り、感謝する。農業の世界は、経験と勘が全てという時代がありました。「この地域は、水稲と果樹。それ以外はうまくいかない。パクチーなんて聞いたこともない作物は、やめておいたほうがいい。」 長年、この土地で農業を続けられてきた諸兄の苦労や経験から生まれた貴重なアドバイスです。
しかしながら、江津市の経済活動において、最大の売上高の業種は建設業。最も多く雇用している業種は医療・福祉業です。一方、農業分野の生産額の割合は、わずか0.9%。農業従事者の平均年齢は63歳で、41歳の筆者は若手新規就農者というカテゴリーになります。一般的に、平野が広がっている地域、例えば新潟県魚沼市のように水稲が盛んなところは、総生産額に占める割合は2.7%に上昇します。魚沼産コシヒカリと言えば誰もが知るブランド米です。江津市においては、これというブランド農産物はまだ育っていません。栽培される品目も一般的な野菜ばかりで規模化が進んでおらず、高値で取引されることもなく、ほとんど地域内消費になります。こういう状況で、農業で生計を立てるというのは、普通に考えれば若者の憧れの対象にはならなさそうです。 けれど、農業という仕事は、食べ物を作ることであり、誰かがやらないといけないことです。ましてや、高齢化が進んでいるということはそう遠くないうちに生産者がいなくなるということです。若者が次の担い手として農業分野に参入するためのカギは、「生産性の向上」にあると筆者は考えています。
未経験者が農業を始めるとき
未経験領域のことに取り組む時、誰もが不安に感じるものです。「わくわくする」という感情が「できるだろうか」をほんの少し上回るかどうかで、不安が期待に変わります。筆者は、今でこそ「わくわく人間」を自認していますが、初めからそうだった訳ではありません。カナダの心理学者でA・バンデューラという人がいます。筆者は、彼が提唱している「自己効力感(Self Efficacy)」という理論が大好きです。自己肯定感が過去の自分に対する自信だとすれば、自己効力感は未来の自分に対する自信と言えます。「きっとできるに違いない」と思うことができれば、道は拓けます。
"「わくわくする」「できるに違いない」「スキル(足りなければ、持っている人を探す)」この3つを揃えることが、第一歩になります。"
筆者の場合、「わくわくする」と「できるに違いない」は揃っていましたが、「農業に関するスキル」がゼロでした。そこで、友人知人を介して、国立大学の農業分野の教授を紹介してもらいました。不思議なことに、その方は世界的にも有名な水耕栽培の研究者でした。初めてお会いした時に「水耕栽培でパクチーを作りたいんです。でも農業は未経験です。」と伝えたところ、「うちの研究室でもパクチーはやったことないから、やってみよう」とおっしゃっていただき、共同研究がスタートしました。教授とゼミ生らとのコミュニケーションを重ね、「DIYによる水耕栽培施設」を完成させました。
ROIを最大化させる
農業には、大きく分けて露地栽培と施設栽培があります。野ざらしの畑でそのまま育てるのか、ビニールハウスなどの屋根・壁を設けて育てるのか。さらに、施設栽培は、土耕栽培・水耕栽培に分けることができます。水耕栽培というのは、総じて設備投資が莫大になります。大手半導体メーカがチップを製造するため工場だったところを完全密閉型の植物工場にリノベーションしてレタスを栽培するというニュースを耳にした方も多いかもしれません。筆者の農場では、一般的な水耕栽培施設の1/6程度の投資で作ることができました。
① 汎用品を組み合わせて設備投資を抑える
その秘密は、ホームセンターで手に入るもので作る、つまり汎用品を組み合わせるということです。例えば、直径48mm単管パイプ1本にしても、農業資材の卸から購入するより、建材卸のほうが安くなります。製品は同じであっても、農業資材ならビニールハウスの骨組みくらい、建材なら建設現場のあらゆるところに使われています。汎用品であればあるほど、ボリュームディスカウントが効くわけです。
② 環境をコントロールしやすい水耕栽培
では、筆者はなぜ水耕栽培を選択したのでしょうか。それは安定生産ができるからです。野ざらしということは、天候に大きく左右されます。大雨・台風・大雪・暖冬・冷夏、日本の気象条件は昔も今も不安定です。特に、筆者は土地勘のない場所で農業を始めることにしたわけですから、その不可抗力要素はできるだけ取り除きたいと考えました。当然、ビニールハウスで囲っていたとしても、猛烈な台風がこればビニールハウスは吹っ飛ぶかもしれませんが、それはもはや損害保険に入るか入らないかというレベルになります。植物は、栽培に適した温度・湿度・照度というのが品種ごとにある程度分かっています。その適した幅の中に環境をコントロールしやすいというのが、水耕栽培を選択した理由です。
③ 年8回のキャッシュサイクル
設備投資を抑えて、安定的に生産することだけでは、ROI(投資利益率)は最大化しません。高く売れる品目を選択する必要があります。定番野菜と言われるナス・キュウリ・玉ねぎなどは、市場で1kgあたりいくらで取引されているかご存知でしょうか?パクチーやクレソンというのは、マイナー野菜と言われています。同じ1kgでも、桁が1つ変わります。更に、葉物野菜はタネを蒔いてから収穫・出荷するまでの期間が根菜類に比べて短く、更に土耕栽培で起こりがちな「輪作障害」が水耕栽培では起こりません。つまりは、年間で8回程度キャッシュサイクルを回すことが可能です。
IoTの活用
いよいよ、IoTをどのように使うかという話になります。巷を賑わしている「農業x IoT」の領域では、モニタリング、環境制御、栽培日誌の3つが一般的な技術として生産現場に浸透しつつあります。また、ロボットの自動運転技術による耕作・収穫技術も実装段階に近づきつつあります。筆者の農場では、センサーによるモニタリングを導入しています。植物の成長に必要な要素がどのような状態であるかを、気温・水温・湿度・照度・Co2濃度の指標で確認をしています。
環境制御
環境制御をどこまで自動化するかは、農場の規模によると思います。土耕栽培で1ヘクタール(100m x 100m)の畑を一人で管理しているとか、50mのビニールハウス10棟を一人で管理しているというケースでは、おそらく自動で散水したり、保温シート・遮光カーテンの開け閉めをしないと、環境変化に作業時間が追いつかないでしょう。弊社の農場はまだまだ規模化するほどではないので、今のところ環境制御は人力で行なっています。
将来の生産量などの予測
栽培日誌に関しては、いわゆるビッグデータの蓄積、つまりは気温・水温・湿度・照度・Co2濃度の変化と時間軸と作業内容を紐付けることで、将来の生産量などの予測ができるというものです。
「愛情」が大事な農業にネットワークカメラを導入
では、筆者の農場で活用しているネットワークカメラをご紹介したいと思います。ネットワークカメラを導入したいと思ったのは、農業には「愛情」が大事だからと思ったからです。「生産性の向上」、すなわち生産性とは、アウトプット労働による成果(付加価値)[アウトプット]を投入した労働投入量(人数x時間)[インプット]で除するということなので、インプットを少なくすればするほど生産性が向上します。
センサーを活用したモニタリング・環境制御ともに、人間が農場に足を運ぶことなく、農作業の一部を自動化できるものです。例えば、気温ひとつを測定するにも「温度計を見る」、照度を測定するにも「照度計をかざす」という作業があるわけで、ビニールハウスの棟数に乗じて作業時間が増えます。農業あるあるですが、急に突風や夕立になったら、急いで農場へ車を走らせ、ビニールハウスの側窓を閉じる作業が発生し、作業場や家から遠ければ遠いほど時間を要します。移動時間、実は労働投入量になるわけです。1回あたりは10分でも、1年間の積み重ねでどれほどになるのでしょうか。
そして、急激な天候の変化があった時だけでなく、普段から農場の様子が気になるものです。かわいい我が子を育てるように、野菜のことが気にかかるのです。「先週タネを蒔いたパクチーたち、今朝タネの表面が少し割れていたけれど、、、今15時だな、ちょっと様子を見に行くかな」とか。気になる度に出かけていたら、生産性はダダ落ちです。グッと我慢するしかありません(でした)。ネットワークカメラを導入するまでは。
IoT機器に求められること
ネットワークカメラがクロネコヤマトで筆者の手元にやってきた時、セットアップにかかった時間はわずか5分でした。専用アプリをダウンロードして、電源アダプターをコンセントに挿して、LANケーブルを挿して、カメラの背面にあるQRコードを読み込んでアクティベートする。たったこれだけで、スマホの画面に現れるカメラの映像。
IoTを導入するにあたり、やはりセットアップの容易さは最も重要です。そしてUIが分かりやすいこと。更にはUXが優れていること。今回導入したネットワークカメラは、アプリの画面上でカメラをズームするのも簡単です。10xまで拡大でき、葉っぱの様子がよく分かります。
ネットワークカメラの使い方は、無限にあります。筆者の農場にやってきたSERCOMM社製 RC8110は、生産性の向上=労働投入量の削減に貢献するだけでなく、朝でも夜でも生産者の「精神的安定」に貢献しています。ペットを飼われている方もきっとこの感覚お分かりになるのではないでしょうか。外出中や仕事中に家で留守番している愛犬の様子を見たいとか、きっとあるでしょう。農業の世界でも、育てている野菜のことがやっぱりずっと気になるのです。美味しい野菜には、生産者の愛情がたっぷり詰まっています。スーパーの店頭で野菜を手に取ったとき、生産者がニヤニヤして成長を見守っていたことを思い出してみてくださいね。