世界初! 遺伝子発現を"光と薬剤"でオン/オフ制御する

脳を構成するニューロン(神経細胞)やグリア細胞が生み出される神経幹細胞の増殖や分化において、遺伝子のスイッチが働く――。DNAに特異的に結合し遺伝情報のRNAへの転写過程を制御するタンパク質の一群(転写因子)が、ダイナミックな遺伝子発現パターンの変化を示す。


遺伝子発現変動の機能的な意義の多くは未だ不明であるものの、複雑な遺伝子発現パターンを人工的に制御し、その機能的意義を検証する研究が進められている。この領域では、光照射によって遺伝子発現のオン/オフを制御するGal4/UASシステムが知られている。が、同システムは暗所でも遺伝子発現の誘導活性が見られたり、光照射を止めても遺伝子スイッチ・オンの状態が残ったりする欠点があった。

光感受性の遺伝子発現制御システム開発では、近年、主に酵母細胞を用いて最適化が進められているが、それらはヒトやマウスなどの哺乳類細胞で機能しないことが多い。「光」による制御法とは別に、低分子化合物の「薬剤」によって遺伝子発現を制御するテトラサイクリン誘導系(TeT)システムが哺乳類細胞で使用されてきた。

「薬剤」添加により遺伝子発現をオンにするTet-ONシステム、「薬剤」除去によりそれをオンにするTet-OFFシステムのいずれでも、薬剤結合タンパク質が遺伝子発現を調節する、遺伝子配列(TRE配列)の後に置く遺伝子を変えることによって、その遺伝子のスイッチオン/オフを薬剤の投与/非投与で制御可能。だが、Tetシステムでは、培養細胞あるいは生体内における薬剤の残留時間が長く、任意のタイミングでの完全除去が難しいため、厳密な遺伝子発現制御などが困難だったという。

京都大学の研究グループは、哺乳類細胞において、「青色光」により遺伝子のスイッチを効率良くオン/オフできる新しいTetシステムを世界で初めて開発。シロイヌナズナ由来の光受容体を従来のTetシステムと組み合わせることにより、遺伝子発現のオン/オフを「青色光」と「薬剤」で制御できる新しい技術(PA-Tetシステム)の開発に成功した。

光照射の間隔やTRE配列の下流で発現する遺伝子の安定性を変化させることにより、人工的に多様な発現パターンを誘導でき、単一細胞レベルでの光照射によって標的細胞の遺伝子発現のみの制御も行えた。PA-Tetシステムを用いることにより、マウスの脳の神経幹細胞や神経細胞、皮膚中に存在する細胞など、さまざまな哺乳類細胞においてそれらの遺伝子発現を「光と薬剤」で効率良く制御できることが示されたという。

研究者らそれぞれの取り組みに加え、JST"さきがけ"の「三次元組織中における単一細胞レベルでの遺伝子発現動態操作法の開発と応用」プロジェクトの支援を受けて行われた。発生・幹細胞・神経科学研究への貢献が期待される研究成果は、米国の国際学術誌「Cell Reports」電子版に掲載された。