毛髪断面に朝刊の全記事を書き込めるほどの、局所光異性化に成功

人工知能(AI)の活用が産業から医療、社会インフラに至る様々な分野で検討され、具現化されつつある。近年、「自然知能」と呼ばれる全く新しいタイプの機能が注目され、新たな光材料や光デバイスを用いた光コンピューティングの実現に向けた研究が活発だという。


そこでは、主要素である光記憶にも既存の技術からの革新が求められていて、光による分子の構造変化(光異性化)によって光情報を記録し消去できるフォトクロミック分子に着目――。分子1個の大きさは1nm(10億分の1メートル)程度であり、それは超小型の不揮発性メモリだという。

山梨大学龍谷大学およびNICTネットワークシステム研究所の共同研究グループは、nmサイズの針先の近接場光により、光記憶性能を持つフォトクロミック単結晶の表面に光の波長以下の大きさの英文字パターンを描き、さらに消去にも成功した。世界初の報告となったこの度の実験は、波長より小さなスケールにおいて、意思決定などの知的機能に必要な動的記憶構造を実証したものだという。

光異性化に伴う分子構造変化大の新しいジアリールエテン分子を合成し、昇華法によって結晶化。そして、光支援型原子間力顕微鏡(AFM)による結晶表面(先端曲率半径8nmの探針と同程度の範囲)の局所近接場光励起とその場観察を行い、近接場光励起を二次元的に複数点加えることで、山梨大学の「UY」を形成した。さらに、針で表面をなぞりながら局所光異性化をパターン全体へ均一に加えることでこれを消去可能であること、即ち光の波長以下で動作するナノ光メモリとしての記録、消去の基本性能を確認した。

毛髪断面に新聞1部の全記事を書き込むのに相当する、200nm四方に1文字ずつ描く。大学のUは8点、山梨のYは6点の近接場光励起により描画し、結晶の特性などにより複雑なパターンを含みつつも明瞭に形成された。結果は、局所光異性化により約50nm間隔で0と1の光情報を記録できることを示していて、フォトクロミック結晶薄膜を半導体の光演算素子上に形成すれば、「UY」などの微細光パターンを演算素子に入力して演算結果を得られる。

連続AFM測定で観察した消去の過程では、段差1nm(結晶育成時と同様)のステップ状構造へと平坦化されていくことを認めた。これにより、同じ表面に繰り返し微細パターンを描画すること(不揮発性メモリ)が可能になるほか、波長より微細なパターンの動的記憶などの新機能が示唆されるという。

戦略的創造研究推進事業CRESTの次世代フォトニクス領域プログラム、「ナノ光学と光カオスを用いた超高速意思決定メカニズムの創成」の一環として行われた。今回の研究成果は、光反応と分子変形の釣り合いを活用して現実問題を解くナノサイズ光AIの実現につながるものであり、英科学雑誌ネイチャーの姉妹誌「Scientific Reports」電子版に掲載された。