世界初、深層学習と量子力学を用いて所望の有機分子を設計

知的ゲームで人間に勝利したAI技法「ディープラーニング(深層学習)」は、宇宙開発や気象予測、創薬、医療、産業分野にて実用化が進み、重要基盤になりつつある。

かつて計算機でそれをするためには多大な労力を要した、所望の特性を持つ有機分子の設計において、複雑な有機分子を構成する法則をAIに自動学習させて設計する技術は飛躍的な発展を遂げ、多数の新分子が設計された。が、その構造が自然界の分子等と大きく乖離している、それらが安定に存在し実際に合成できるかは未検証。

一方で、「量子力学に基づいた分子シミュレーション技術」も成熟の域に達し、様々な有機分子の性質や安定性をある程度の精度で予測可能になっている。機能性分子の多くには、分子の量子力学的性質から発現される特性が利用されていて、いまや同シミュレーションは分子設計に不可欠だという。

理研の分子情報科学チームと、NIMS国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の共同研究グループは、深層学習と分子シミュレーションを組み合わせ、世界で初めて、所望の特性を持ちかつ合成可能な有機分子の設計に成功した。

有機分子の量子力学的な性質を最も反映する特性のひとつ「光吸収」――吸収する光の波長や強さは分子によって異なり、有機ELや有機太陽電池の製作ではそれらの調整が必要――を自在に制御することが有機エレクトロニクス機器の開発において重要だという。

同グループは、水素・炭素・窒素・酸素原子で構成される分子量400程度の13,000個の有機分子構造式を入力し、リカレントニューラルネットワーク(RNN)によってあらゆる有機分子の法則をAIに学習させる。次に、五つの各吸収波長を持つ分子をモンテカルロ木探索(MCTS)手法で探索。同分子の性質と安定性を密度汎関数理論(DFT)によって計算する。

これにより、所望の吸収波長を持ち、かつ安定な有機分子の候補を自動的に計算機で見つけられるという。一つの吸収波長を持つ分子の設計に2日間、五つの波長について計10日間の計算を行った。結果、RNNとMCTSにより生成された3,200個のうち86個がDFTで予測された安定かつ所望の吸収波長を持つ分子であった。

上記86個のうち6個は過去に合成された報告があった。そこで、これらの有機分子を実験で合成し、紫外可視吸収スペクトルを測定したところ、6個中5個が所望の吸収波長を示すことが分かった。ゆえに今回設計した残りの80個の新しい有機分子も所望の光を吸収し、合成できる可能性があると考えられる。

分子設計にAIが有用であることを実証した。同研究は、JSTの「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I)」による支援を受けて行われたものであり、今後、有機エレクトロニクスなどにおける機能性分子の設計に貢献すると期待できる。成果は米科学雑誌『ACS Central Science』に掲載された。