考え抜いたすえの偶然と発想の転換で"金属が半導体に化けた!

私たちの身のまわりには鉄や銅、アルミや銀などの金属があり、ゴムや木やガラスといった絶縁体がある。導電性を有する前者と絶縁体の間にあるのが半導体"(セミコンダクタ)であり、条件によって通電したりしなかったりするそれは現代の電子・電気機器に多用されている。

半導体にはガリウムやヒ素、インジウムやリンの化合物を用いて製造したものと、鉱石ラジオといった時代のゲルマニウムあるいはシリコンの結晶を利用したものとがあり、ブームタウンラッツが『I Don't Like Mondays』で彼女の頭の中にあると歌った"シリコンチップ"、米国西海岸のIT企業集積地"シリコンバレイ"など、"半導体=シリコン"のイメージが定着するほどに、トランジスタをはじめとしたデジタル回路素子で使われている。

今日の情報社会の隆盛をもたらしたトランジスタは、半導体中のキャリア(電子/正孔)をゲート電圧で誘起することで、抵抗値を制御し、情報のオンとオフを操作する。セミコンダクタと違って金属は、一般的にキャリアの数が非常に多いために、ゲート電圧によってキャリアを誘起しても、抵抗を変えることは困難であり、世界の研究者らの間では「金属材料を使ってトランジスタは作れない」理解だったという。

京都大学の研究グループは、三重大学と共同で、磁性絶縁体のイットリウム鉄ガーネット上で白金(Pt)を2nmの膜(超薄膜)にしたとき、上記トランジスタ特性が現れることと、それに伴ってPtがスピンを電流に変換する「スピン軌道相互作用」機能を大幅に変調・制御できる――同作用は材料固有であるとの固体物理学における常識を覆す――ことを世界で初めて発見した。

電子の2つの自由度である電荷自由度とスピン自由度のうち、後者のみの流れを「スピン流」といい、スピン自由度のみを制御できれば、実際には電流は流れないため、例えば情報伝搬において究極の省エネとなる――。

研究中に偶然や予期せぬ大きな発見を意味する"セレンディビティ"と、発想の転換を意味する"コロンブスの卵"とを引き合いに、研究グループ内での「フランクな議論の中で、まるで天から降ってきたように湧いたアイディアを形にでき、大変幸せです。――これからも好奇心と奇抜でも確固たる発想を大事にして研究を続けていきたいと思っています」と京大教授がいう。

同グループが発見したトランジスタ特性は、まだ半導体のそれより性能が低い。けれども、スピン軌道相互作用を用いたスピン流の電流への変換は、たとえば磁化反転メモリ素子などへの応用が視野に入っていて、このたび見出したスピン軌道相互作用の制御によって、新しいタイプのメモリやスピン素子の開発が可能になると期待される。

エレクトロニクスやスピントロニクス分野の新しい発展に繋がる、今回の研究成果は、国際学術誌「Nature Communications」電子版に掲載された。