電子の"バレー"状態を保つ、しくみを用いて高速省エネ光デバイスへ

LEDや半導体レーザー、光信号を増幅するフォトトランジスタや、電気信号を光に変換してフォトトランジスタを導通させるフォトカプラなど、これらを光電子デバイスと総称する。情報通信技術等で使われる同デバイスは、光学と電子工学を合せた「オプトエレクトロニクス」によって生み出されている。

オプトエレクトロニクスは近年急速に発展し、高度化している。かつて電磁気学を駆使していた、そしてその速度に限界もみえていた通信システムにおいて、これを用いて大容量・高速化を成した"光通信"がその一例だろう。今日ここでさらに、電子と正孔が自由に入れるエネルギーの波の"谷間"に着目したバレートロニクスや、超極小世界のナノサイエンス/ナノテクノロジーも盛んに研究されている。

電子の"バレー"の情報をデジタルの0と1に対応させて利用する概念を「オプトバレートロニクス」といい、高速かつ省エネルギーの光電子デバイスを具現化できると昨今世界的に注目されている。それには、電子の波の状態すなわちバレーの情報をなるたけ長時間保持することが必要だが、実際にはきわめて短時間に情報が失われてしまい、そのしくみも不明だったという。

京都大学教授らの研究グループは、将来の光電子デバイス材料として期待される2次元原子層半導体材料の「単層遷移金属ダイカルコゲナイド(1L-TMDs)」において、バレーの情報が失われるメカニズムを実験と理論の両面から明らかにした。さらに、当該メカニズムに基づいて半導体材料に工夫を施すことで、バレー状態をより長く保てることを見出した。

単層二セレン化タングステン(単層WSe2:代表的な1L-TMDs物質)に円偏光をあてて、1方向の回転だけを持つ励起子の状態(バレー分極状態)を作り出し、バレー分極状態の保持時間が温度に依存してどのように変化するかを調べた。結果、同状態を保持できる時間が、200K(約マイナス73℃)程度以下の低温条件では、温度の上昇とともに短くなっていくことがわかった。

単層WSe2を多層グラフェンの上に載せた「ファンデルワールスヘテロ構造」を作製し、バレー分極状態やその温度依存性が、このヘテロ構造化により予測した通り変化するのかを調べた結果、励起子のバレー分極度が大幅に増強されていることが実観測された。

こうした性質が、主として、①(電子と正孔で構成され一体で動く)励起子の重心運動量と、②ドープ(少量の不純物を添加して濃度を増)された電子の密度に依存して決まるしくみを突き止めた。2次元原子層半導体の光物性の謎を解明した基礎科学的な意義に加えて、オプトバレートロニクスの実現に向けて材料設計に工学的な指針を与えるものであり、将来の高速・省エネルギー光情報デバイスの実現にもつながると期待される。

同グループの研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」電子版に掲載された。