タンパク質分子のダンス、長時間記録が可能に

私たちの体にある。すべての細胞の外層にあって細胞質を包む、細胞膜は物質を選択的に透過するほか、免疫現象や組織構築上で重要な働きをする(広辞苑第六版より)。それは、「液体」でできているという。

膜といわれると我々門外漢は固体をイメージする。が、細胞膜の中では個々の分子がダンス――動き回ったり、ときに静止したりしていて、「細胞膜で働くタンパク質分子群は、優雅にコーディネートされたダンスによって、細胞の外からやって来たメッセージ物質のシグナルを細胞内部に伝達しています」と、研究者が表現する。

膜内を様々な分子がどのように動き、互いに結合するかをみる、生細胞中の1蛍光分子をイメージングする方法 「SFMI」では、個々のタンパク質分子に蛍光分子で標識を付け、この標識の動きを、自家製の1分子観察蛍光顕微鏡で撮影して、動きや、結合する相手を替えていく様子などを追跡する。しかし顕微鏡下で観察を続けると蛍光分子が発光しなくなる。

「光退色」と呼ばれる問題があるため、1個のタンパク質分子を追跡できる時間は10秒未満である。ゆえに、5分の細胞の動きを撮影するためには10秒未満の動画を撮影して、それらを正しい順序でつなげる非効率な手法をとらざるを得なかった。そのうえ光退色に用いる従来手法は、酸素を完全に除いてしまうなど、生きた細胞に有害なものだったという。

SFMIを開発した京都大学iCeMSの研究グループは、沖縄科学技術大学院大学(OIST)と共同で、細胞内のタンパク質1分子の動きを追跡する時間を従来に比べて約40倍にする新技術を開発し、分子が細胞ではたらく仕組みを直接調べることを可能にした。新技術は、細胞に対して影響の少ない化学物質と生体内と同程度の低い濃度の酸素分子とを試料内に溶存させることで、SFMIにおいて光退色を驚くほど有効に抑制する。

これにより、細胞膜の接着斑――細胞の「足」であり、細胞はこれらの足を使ってあちこちに移動し、ガン細胞が転移するときにも使う――領域について、特にインテグリン(細胞骨格と細胞外基質を結合する細胞膜分子)の挙動を調べたところ、従来それは足の中でしっかり固定されていると考えられていたのに、観察時間窓を長くできたことで、インテグリン分子が何度も細胞の足構造の中で動いたり止まったりし、さらには一つの足構造から出て他の足へと移動する現象もはっきり見られた。

「細胞挙動の文脈を理解するのに十分な長さで、各分子の運動を追跡できるようになりました。私たちがこの方法を使って観察した、「接着斑」という構造を構成する分子の1分子毎の挙動を理解することが、ガン細胞の体内での移動を阻止する薬剤の開発の一助になることを期待しています」
と、上記グループのメンバーがいう。

今回の研究成果は、国際学術誌「Nature Chemical Biology」オンライン版に掲載された。