アルツハイマー病の治療法確立に向けて!

脳内にある種のタンパク質が蓄積することにより認知機能の低下を招く、アルツハイマー病は、近ごろ世界的に増加傾向にある。一方でこの病を含む認知症は他の疾患に比べて、治療満足度や治療に対する薬剤の貢献が低くなっているという。

日本国内において、認知症の病型別ではアルツハイマー病の増加が顕著であり、その患者数は2025年に450~500万人、2060年には600~800万人に達するとの推計がある。(出展:厚生労働科学研究成果データベース、「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」)

通常、タンパク質は適切に折り畳まれ固有の立体構造を形成し、それぞれ固有の機能を担う。しかし誤って折り畳まれると、アミロイド凝集体――オリゴマー(同種の分子数個~数十個からなる重合体)や線維(糸状の巨大組織)の塊を形成する。アミロイド凝集体による細胞傷害性はさまざまな疾患を引き起こすとの報告があり、アミロイドβペプチド(Aβ)凝集体による神経細胞の傷害と、これに伴うアルツハイマー病の発症はその一例と考えられている。近年、Αβ凝集体を短波長の光の照射により無毒化する光触媒、より生体との適合性の高い波長光で働く触媒が望まれていたという。

JSTは同機構の戦略的創造研究推進事業において、ERATO金井触媒分子生命プロジェクト、東京大学教授らの研究グループがマウス脳内のΑβ凝集体を減少させることに成功したと発表。同研究グループは、紀元前から伝わる健康素材ウコンに含まれ、Αβと親和性が高いことが知られている、しかし光触媒として酸素化を起こす機能のない「クルクミン」の構造を基に、近赤外光を照射することにより結合しやすい酸素を効率的に産生し、Αβを酸素化できる独自の光触媒を開発した。

この光触媒は生きた細胞が存在する状況でも機能し、Αβ凝集体に由来する細胞傷害性を低減――。生体組織への透過性が高い近赤外光を照射することで、マウスの皮下に存在するΑβの酸素化を実現した。アルツハイマー病のみならず、糖尿病のようにタンパク質の凝集が原因で引き起こされるさまざまな末梢系の疾患にも、触媒反応で治療する方法論を応用できる可能性を示す。
アルツハイマー病モデルマウスの脳内に触媒を投与し、近赤外光を照射したところ、脳内のΑβ凝集体の量が約半分と顕著に減少することも明らかとなった。

今後、触媒によるΑβの酸素化が細胞傷害性を抑制し、アルツハイマー病の症状を改善するかどうか検証を重ねることで、触媒反応を用いた新しいアルツハイマー病治療法の確立につながると期待される。研究成果は科学誌「Chem」オンライン速報版で公開された。