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京都大学は、細胞が本来持っている防御ネットワークを突き破り異常増殖をするという、がん細胞特有の性質を説明する分子機構を発見した。古谷寛治 放射線生物研究センター講師の研究グループ、井倉毅 同准教授、井倉正枝 同研究員らの研究グループ。

がん細胞は非常に強い増殖能を持った細胞。この増殖能を生み出す原因として、これまでに「PLK1」と呼ばれるリン酸化酵素の機能ががん細胞で活発に働くことが示されてきた。また、がんの治療においては放射線療法や化学療法といった細胞内の染色体DNAを傷つけることでがん増殖を止める手法がよく用いられている。

しかし、PLK1を多く発現したがん細胞はこういった治療に対して抵抗性を持ち、予後不良となることが多く報告されている。そのため、PLK1はがん創薬の標的として注目されていたが、正常細胞においても多くの増殖促進因子にPLK1が作用することが分かっており、効果的な抗がん剤は得られていなかった。

そこで、今回の研究ではPLK1ががん細胞の増殖においてのみ作用する因子を同定することで、分子標的を明らかにするとともに、どういった仕組みでPLK1の機能が活発に働くがん細胞が治療に対抗して増殖を続けることができるのかを理解することを目的とした。

正常細胞では放射線などに曝されゲノムDNAに傷が生じると、DNA損傷を感知して細胞増殖を一旦停止させる防御ネットワークが働く。DNAチェックポイントと呼ばれるこの機能が発動されることでDNA損傷の修復が可能となるが、今回の研究ではチェックポイント機能を担うRAD9がPLK1の標的となるのではないかと予想。質量分析を行い検討したところ、PLK1がRAD9に対して化学修飾であるリン酸化を付加することを見出した。

また、PLK1によりリン酸化を受けたRAD9はDNA損傷の感知能力を失うこと、逆にPLK1がRAD9をリン酸化できなくなるようにしたがん細胞では本来増殖してしまう程度のDNA損傷を受けたとしても、増殖が極端に遅くなることも確認した。

これらの結果はリン酸化酵素PLK1が、DNA損傷の感知機構を抑制することを示している。この知見から、PLK1の機能が活発ながん細胞での放射線・化学療法に対する耐性をも説明できるという。がん細胞ではDNA修復機構がうまく働かなくなり、それゆえにDNA損傷を蓄積し、異常な遺伝子変化を引き起こすことも知られている。こういったがん細胞はPLK1の機能が亢進しないとすぐに増殖停止をすることが分かっている。

新規のリン酸化シグナル経路は、傷つきながらも増殖するがん細胞特有の性質を説明するとともに、がん細胞特異的な分子標的を提示する。今後のがん治療の扉を大きく開けるものであると同時に分子治療へと貢献できるものであると考えているという。