数多のIoTデバイスが産み出し、AIが分析する。大量データの処理には一層の高速性が求められる。次世代IT社会ではビッグデータの高速処理が必須となり、IT機器の消費電力低減はますます重要な課題となる。たとえば今、モバイルデバイスなら、CPUとメモリの消費電力は全体の30~40 %にも達し、頻繁な充電を必要とする要因のひとつになっている。対策として、不揮発性メモリの導入が有効だという。
産総研スピントロニクス研究センターの電圧スピントロニクスチームは、物質・材料研究機構、大阪大学、高輝度光科学研究センターのチームらと共同で、電圧制御型の磁気メモリ(電圧トルクMRAM)用の新材料を開発――駆動電圧が小さい理想的な不揮発性メモリとして実用化が期待される――高効率な電圧スピン制御を実現したと発表した。
磁気トンネル接合(MTJ)素子の記録層の磁化の向きを制御して情報を記録し、トンネル磁気抵抗(TMR)効果で情報を読み出す固体磁気メモリ(MRAM)は、書き込みエネルギを与えない限り磁化の向きが保持されるため、情報の維持に電力を必要としない。しかし、現在製品開発が進められているMRAMは電流型であり、電流による発熱に起因する電力消費が生じる。ゆえに既存の半導体メモリよりも駆動電力が数桁大きく、用途が制限されている。一方、電圧トルクMRAMの実用化では、電圧スピン制御効率の増大が課題となっていた。
そこで研究チームは電圧による磁気異方向性制御に注目。厚さ1ナノメートル程度まで超薄膜化した金属磁石に、酸化マグネシウム(MgO)などの誘電層を介して電圧をかけると磁化の向きやすい方向が変化する物理現象を用いて、産総研はこれまでにMTJ素子の磁化反転制御の実現と安定性実証や物理起源の解明、回路シミュレーションによるメモリ動作検証など電圧トルクMRAMの有効性を示してきた。そして今回、典型的な磁石材料である鉄に低濃度のイリジウムを添加したFeIr超薄膜磁石において、実用上求められる垂直磁気異方性を保ちつつ、電圧スピン制御効率が従来よりも約3倍高効率化することを見いだした。
これにより実用化に向けた性能目標が初めて達成された。電圧トルクMRAMは、現在主流の電流方式よりも書き込みに必要なエネルギを大幅に低減できる可能性が有り、待機電力が不要で、駆動電力が小さい新たな不揮発性メモリの実現につながると期待される。成果の詳細は英国現地時間の1日、ネイチャー誌アジア向けオンライン版「NPG Asia Materials」に掲載される。