脳と心臓の活動、ウェアラブル測定へ

電子工学と物理学の融合。その効果がパソコン等のハードディスクドライブ容量を飛躍的に向上させた、巨大磁気抵抗(GMR)が発見されるまで、電子がもつ電荷(帯電量)とスピン(角運動量/磁化)の自由度はおよそ別々に応用されていた。

そしていま、一定の条件下で系の運動や状態変化を独立して変化させうる電荷とスピン、それぞれの自由度を合せて応用する「スピントロニクス」研究が盛んになっている。固体中におけるスピン偏極、スピン注入、スピントルクなどのスピン流と呼ばれる特異な物理現象の基礎研究と、その実用化の両面において、日本は世界的にずば抜けた実績を誇っているという。

東北大学大学院およびコニカミノルタの共同研究グループは、室温で簡便に動作する、高感度かつ高分解能のトンネル磁気抵抗(TMR)素子生体磁気センサを開発し、脳活動の一つであるα波の検出に成功した。液体ヘリウムを使用しない室温で簡便に動作可能な素子で脳磁信号を検出したのは世界初とのこと。

脳磁は脳波と比較して脳活動の情報を遙かに多く提供するため、今回、簡便に室温で脳磁測定が可能になったことで、診療からヘルスケアに至るまで、幅広く脳磁測定技術が普及すると考えられる。

また、心磁場の検出――これまで液体ヘリウムを使用したSQUID素子を用いた装置でしか測定できず、診療所レベルへの普及で大きな妨げとなっていた――に関して、同研究グループは信号を積算することなく、リアルタイムで波形観測に成功した。今後、室温で簡便に測定でき、かつ安価に提供できる、TMR磁気センサを用いた心磁のリアルタイム測定により、虚血性心疾患や不整脈等の心疾患の診断に応用されれば、その診断精度の大幅な向上が期待される。

特殊なシールドルームが不要、かつ被験者が動いている最中の測定も原理的には可能である。そのため、リラックスした環境で脳や心臓をモニタできる。将来的には、帽子などに内蔵する素子で、運動時や車載などの環境においても、被験者が無意識のうちに測定できるようになると考えられる。ウェアラブル化により、TMR磁気センサの応用範囲は格段に広がり、計測医療分野に大きな変革をもたらすだろうという。

今回の研究は、科学技術振興機構(JST)研究成果展開事業 戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)における研究開発テーマ「スピン流を用いた新機能デバイス実現に向けた技術開発」の研究課題「トンネル磁気抵抗素子を用いた心磁図および脳磁図と核磁気共鳴像の室温同時測定装置の開発」の一環として実施されたものであり、その成果は今月27日、日本磁気学会第5回岩崎コンファレンス「社会基盤の向上につながる磁気センサとその活用」において基調講演として発表されるとのことだ。