分子を使った乱れの設計により、量子スピン液体を実現

1973年にノーベル物理学賞受賞者であるP.W.アンダーソン氏によって、電子の持つスピン自由度が絶対零度まで凍結しない「量子スピン液体」状態が予言された。その後、意図的に乱れを導入した物質における量子スピン液体が実現し得るのかを検証する必要が出ていた。

大阪府立大学は、分子の設計性を利用した新しいタイプの錯体化合物を合成し、磁気ネットワークに乱れを導入することで量子スピン液体状態を実現したと発表した。

大阪府立大学の大学院理学系研究科 山口博則准教授、細越裕子教授、東京大学物性研究所の河野洋平研究員、橘高俊一郎助教、榊原俊郎教授らの研究グループが成功。研究成果は雑誌「Scientific Reports」に掲載された。

磁性体においてその磁性を担っている電子スピンが絶対零度においても凍結しない、量子スピン液体の実現は、近年の物性科学における到達目標の一つとされている。これまでにその候補物質として報告されてきたものでは、スピンが時間的にも空間的にも揺らいで量子スピン液体を形成していると考えられてきた。

しかし、最近の理論的研究によって、物質中での偶発的な乱れから生じる「ランダムシングレット」と呼ばれる特異な量子状態が、量子スピン液体の本質である可能性が指摘されていた。そこで研究グループは、分子の設計性を活用した物質デザインにより、磁性体に意図的に乱れを導入することで、ランダムシングレットの実証を試みた。

具体的には、有機ラジカルを金属原子に配位させた分子性の金属錯体を合成。金属原子に配位させることでラジカルの分子内回転自由度を消失させて、2種類の異性体を作り出している。これによって結晶中では2種類の分子がランダムに配列することになり、分子の繋がりからなる磁気ネットワークの結合の強さにも乱れが出現する。低温での物性を調べた結果、磁化率や磁化曲線、比熱の全ての実験結果において、量子スピン液体の実現を示唆する振る舞いが観測された。

研究グループによると、研究成果はこれまでに量子スピン液体として報告されていた物質の本質が乱れによるランダムシングレットである可能性を示唆する重要な結果となったという。また、分子の自由度を利用することで乱れを取り込んだ量子磁性体のデザインが可能であることが実証され、量子物性を取り込んだ磁性材料の開発に新しい可能性をもたらしたと説明する。

乱れを導入することによって実現した量子スピン液体は、従来の量子スピン液体のモデルとは異なる発現機構を備えている。現実の物質で観測されている量子スピン液体の理解に一石を投じるとともに、その本質に迫る重要な知見となったという。

また、超伝導体をはじめとした、電子がもたらすマクロな量子物性の発現メカニズムの解明にも大きな進展をもたらすと予想される。さらに、本研究が目指す分子の自由度を活用した量子磁性体のデザインは、量子物性の制御を可能にし、新たな量子現象を取り込んだ新材料の開発にもつながることが期待される。