ES、iPSといった多能性幹細胞の開発により、幹細胞から分化誘導した心筋細胞による移植治療が、心臓移植に代わる治療法になると期待されている。が、これまでの平面的な細胞培養法で得られる幹細胞由来の心筋細胞は、生体内のそれのように3次元構造を有し厚みのある組織を構築できず、細胞の向きがバラバラで配向性がないため、筋収縮力や組織強度が弱く、電気生理学的性質でも実際の心臓組織と異なっているという。
京都大学高等研究院物質-細胞統合システム拠点iCeMSの劉莉 連携准教授、京都大学工学研究科の李俊君、日本医療研究開発機構(AMED)特定研究員、大阪大学大学院医学系研究科 組織・細胞設計学共同研究講座の南一成 特任准教授、フランスパリ高等師範学校の陳勇 教授、大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科学の澤芳樹 教授らの研究グループは、新たに開発されたナノファイバーを用いて、安全性と配向性、3次元構造を持ったヒトiPS細胞由来の心筋細胞の組織構築に世界で初めて成功した。
生体内の心臓組織の微小環境を模倣し人工的に心筋構造を再生するために、既にFDAに認められ臨床現場で使用されている安全性の高い生体分解性素材である乳酸̶グリコール酸共重合体(PLGA)を用いて、心筋細胞培養に最適化した配向性ナノファイバーを開発。これと、ヒトiPS細胞から作成した高純度のヒト心筋細胞とを組み合わせて培養することで、実際の心臓組織に近い3次元多層構造と筋繊維の配列構造を伴った「ナノファイバー融合型の心筋組織片」を構築した。
ピンセット等で簡単に扱え、弾力性と強度に富みながらも、生体内で分解される安全性を備えている。細胞バッグにより輸送も可能である。上記組織片では、各心筋関連遺伝子の発現レベル(b-MHCなど)の点で成熟度が高く、薬剤応答に関する電気生理学的な機能性に優れていることを示すデータが得られた。
移植の効果予測のために、生体外で心筋細胞シートに物理的なダメージを与えて、心筋障害によるリエントリー性不整脈モデルを作製し、その上から同組織片を張り付けて共培養する実験を行った。結果、不整脈を消失させることができた。
ラット生体内では、心筋梗塞(MI)作製の直後と、梗塞作製から2週間後に同組織片を移植した結果、2ヶ月間、最大厚500µmの高密度組織の生着が認められ、同時に梗塞で低下した心機能の有意な改善が見られた。ナノファイバーや細胞による炎症反応は、移植部位周辺に見られなかったという。
新しい心筋再生治療法、創薬分野や薬剤評価の新規手段としての応用などが期待される。今回の成果は、米科学誌「Stem Cell Reports」に掲載された。