ALS治療薬の開発につながる可能性あり

全身の筋力が低下し、主に呼吸器不全で死に至る難病――筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、今に至るまで治療法がない。アイスバケツチャレンジというキャンペーンが世界規模で行われたり、国際ALSデーが設定されたりして、近年社会的注目度が特に高まっている。

ALSでは脳と脊髄の運動ニューロン(神経細胞)が選択的に死滅するため、全身の筋肉が麻痺する深刻な病状を呈す。これまでの研究で主因となる約20種類の遺伝子が同定されているが、それら異なる機能を有する多くの遺伝子の変異が共通して、運動ニューロン死を誘導する分子機構は不明だったという。

東京農工大学の泉川 桂一 特任助教、石川 英明 特任助教、高橋 信弘 教授、首都大学東京の礒辺 俊明 特任教授らのグループは、ALSの原因となるTDP-43が標的とするミトコンドリアRNA(リボ核酸)を特定するとともに、その結合がミトコンドリアDNA(デオキシリボ核酸)から合成されるRNA産物の形成制御を通じて、エネルギー代謝をはじめとするミトコンドリア機能を調節し、その異常が細胞死を誘導することを明らかにし、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の一環として行われたことを8日発表した。

研究では、独自開発の最先端RNA質量分析法によってTDP-43(核タンパク質)とRNAの結合で生じる複合体を解析。TDP-43が標的とする分子として、ミトコンドリアDNA由来の特定トランスファーRNA(mt-tRNA)群を同定した。そして、TDP-43の発現量の増加に伴い同群だけでなく、mt-mRNA等も同時に増加することから、その発現量の増減に、ミトコンドリアに固有のDNA(mt-DNA)から転写される特定のRNA中間体の増減が一致していて、TDP-43は同RNA中間体を安定化――。たんぱく質合成の異常でミトコンドリア機能が低下し、細胞増殖が抑制され、mt-DNA転写を抑制した状態で発現量を上昇させても細胞増殖には影響しないことから、ミトコンドリアでのTDP-43発現量の異常が細胞死に直結していることがわかったという。

細胞はRNAとたんぱく質の相互作用の制御によりその働きを維持しているが、難治性の脳神経変性疾患などのRNA代謝異常症の多くは、この相互作用の調節ができなくなることで発症する。そのため相互作用の実態と調節機構を理解することは、RNA代謝異常症の発症メカニズムの解明から治療薬の開発につながると期待されている。

TDP-43は家族性ならびに孤発性ALSの主要な原因遺伝子だけでなく、その他の原因で発症した約9割のALS患者の病巣部の神経細胞に蓄積していることから、多くのALS患者に共通した発症機序の解明や早期診断が行え、さらには治療薬の開発につながる可能性がある。研究成果は、英ネイチャー誌の「Scientific Reports」(電子版)に掲載された。