細胞や細胞小器官と外部との境界をなす厚さ7~10ナノメートルの生体膜。その主成分は蛋白質と2重層の脂質で、多糖類も含む。膜に偏在する蛋白質は酵素や受容体の働きをし、エネルギー変換、物質代謝、情報の感受や、膜を物質が透過移動する能動輸送を担っている。
生体膜と同じ構造の――リン脂質からなるリポソーム(脂質人工膜の一種。リン脂質が水中で自発的に集合し球状に閉じた中空状集合体)や、両親媒性ポリマー(親水性も疎水性も有する分子が密に並び脂質2重層を成した袋状自己集合体)からなるベシクルは、酵素反応場としての応用が進められている。
しかし、これらは極めて物質透過能が低く、酵素基質を外部から供給できないため、長期的に酵素反応を進行させることができなかったという。
京都大学工学研究科特定研究員 西村智貴氏 、秋吉一成 教授らの研究グループは、オリゴ糖とポリプロピレングリコールからなり物質透過性を持つ糖鎖高分子ベシクルを新たに開発。これが、がん組織周囲でプロドラッグ(生体内で代謝されて薬効を現す薬剤)を抗がん剤へと変換できる酵素封入型ナノデバイスとして機能することを見いだした。
血中投与によりがん組織周囲に集まり、その場で酵素反応により抗がん剤を合成し放出する医療用ナノデバイス(ナノファクトリー)として働き、抗腫瘍効果をもたらすことをマウスで明らかにした。
酵素を封入させた糖鎖高分子ベシクルは、従来のドラッグデリバリーシステム(薬剤を患部に選択的に送達することで、副作用を低減しながら治療効果を高める医療技術)が抱えていた、がん組織以外への副作用を解決する。だけでなく、疾患部位で薬を合成する技術は、より優れた治療効果をもたらす可能性がある。
そして、様々な酵素を用いて長期的に酵素反応を進行させる技術につながると期待される。この度の研究成果は、独科学誌「Advanced Materials」で公開された。