2017年5月1日
京都大学の鈴木俊法 理学研究科教授、山本遙一 同博士課程学生、Ruth Signorell スイス連邦工科大学教授、David Luckhaus 同博士らの共同研究グループは、水中に捕らえられた電子(水和電子)の最安定状態のエネルギーを決定することに成功した。
この研究成果は、米国科学振興協会の学術誌「Science Advances」に、"Genuine binding energy of the hydrated electron"のタイトルで掲載されている。
放射線による生体細胞の損傷は、細胞の大部分を占める水の放射線照射イオン化によって始まり、電子の発生と後続する不安定で反応性の高いOHラジカルによる遺伝子への攻撃が主な要因と考えられている。しかし、OHラジカルが水中を移動(拡散)して化学反応を起こす速度は比較的遅いため、種々の研究例があるものの、電子運動は非常に高速なため未解明の問題が多く残されている。
電子は水中で運動するうちにエネルギーを失い、最終的に水分子の隙間に泡のような水和電子となって捕らえられると考えられていて、この水和電子がやがて水溶液中の分子に付着すると、還元化学反応を起こすが、反応性は水和電子のエネルギーによるため、電子エネルギーを正確に知ることが放射線化学の解明に重要であった。
そこで同研究グループは、液体の水に二つのレーザー光を当て、時間差で分子内の電子運動を観測する時間分解光電子分光という実験を行い、詳細な理論解析によって、水和電子のエネルギーを正確に決定することに成功――。その結果、これまで3.3電子ボルトだと考えられてきた水和電子のエネルギーが3.7電子ボルトであり、従来の推定よりも安定した状態であることが分かったとした。
水和電子の最安定状態に関するこの研究は、上記基本的な問題を理解するための第一歩であり、今後は短寿命でエネルギーの高い状態の研究に進みたいと、同グループの研究者は考えを明らかにした。