講演1「デジタルフォーメンションの推進と政策展開~組込み分野・モビリティ産業の技術動向とイノベーション~」
経済産業省 ソフトウェア産業戦略企画室 和泉憲明氏
経済産業省和泉氏はデジタルトランスフォーメーションの位置づけを「産業政策として、我が国の産業競争力をつけるもの」と定義した。DXレポートを執筆理由ときっかけ、そして技術や産業動向などを踏まえて、説明を行った。
冒頭紹介したのは、米アマゾン本社訪問。ヒアリング調査後に「Amazon GO」一号店も訪れ、実際に利用した「Just Walk Out Shopping」の体験談や市場調査内容が披露された。和泉氏が注目したポイントはAmazon GOのイメージとビジネスモデルは全く違うこと。「技術的な要素に着目しているのではなく、収支レベルで勝負していることが垣間見ることができる。Amazon の社員スキルトレーニングは本当にがんばっているとさえ、みえてくる」とまとめた。
続いて、比較紹介したのはJR東日本で実施している実証実験の無人決算店舗。和泉氏は「見るべきポイントは正直なインターフェース。要素技術の観点から言えば、日本はAmazon GOよりも勝っている。だが、最後のビジネスモデルの作り込みで負けている」と指摘した。
こうした視点からDXレポートを執筆し、「いろいろな技術が導入され、ビジネス環境が激しく変化するなかで、競争上の優位性を確保することがポイントになる。顧客や社会のニーズが変わり、文化まで変化した上で、優位性を確保してもらいたい」とまとめた。
また和泉氏は日本のデータ産業の成長率とその中身についても指摘。外資メガクラウドベンダーや中国の状況なども事例に挙げながら、「アメリカはイノベーション戦略を重視、中国は国を挙げて取り組んでいる。ヨーロッパは規制でブレーキをかけている。こうした彼らと日本はどのように戦うべきか」と疑問を投げかけた。また日本の現状を理解するためにIT投資の内訳を紹介。これによると、日本は現行ビジネスへの投資比率が4年連続で全体の80%を占める。企業構成比では全体の45%がIT投資の90%以上を現行システムの維持に使い、残りの10%はAI投資などに使われている。この現状から和泉氏は「日米は業務効率化やコスト削減にIT投資する。アメリカは開発や市場分析に投資するなど、そもそもお金の使い方が違う」と述べた。
では、今後のデジタルトランスフォーメーションを進めるキーは何か。最後に、和泉氏は「データとデジタル技術を駆使し、ビジネス戦略を考えることが大事だろう。出たとこ勝負でうまくいくと思い込むことは危ない。実際に実行しながら、最終製品を出す前に、エンドユーザーの使い方をみることも必要だ。ソフトウェア技術やデータは生活や労働の課題解決に繋がる。第4次革命を形成するのはソフトウェア技術やデータである」とまとめた。
講演2「"Beyond MaaS" 移動を基点としたまちづくりの未来」
株式会社ディー・エヌ・エー 常務執行役員 オートモーティブ事業本部長 中島宏氏
冒頭、ディー・エヌ・エーの中島氏は「MaaSが叫ばれているが、バズワードとして半年後には消えるのではないかと思っている」と切り出した。その理由を説明するため、中国アリババが運営するスーパーマーケット「盒馬鮮生(フーマー)」の事例を紹介し、「アリババのフーマーこそデジタルトランスフォーメーションだ。フーマーはネットスーパーとは概念が異なる。ネットスーパーはオフラインの店が販売チャネルを増やすためにあるが、フーマーは必要な機能としてオフライン店舗を置いている。アプリでの注文体験を促進し、オフラインの店舗で安心感を与える。小売にとって流通は大事なものであり、ラストワンマイルをモビリティが果たす。つまり、OMOの概念を重視している」と述べた。
続いて、ディー・エヌ・エーが運営するタクシー配車アプリ「MOV」について紹介した。「日本ではドライバーとアプリの連携がなかったため、効率化を図ることが難しかった。そのため、既存の無線システムとアプリを並列し、オペレーターを最適化した日本版を開発した。普及が進み、秋口には東京でもナンバーワンのサービスになることを期待している」と中島氏は話す。
タクシー配車アプリの市場状況についても解説した。アメリカや中国ではアプリ経由の配車サービスの普及は4、5割に達するが、日本全国平均は1%ほどという。今後の状況について中島氏は「日本でも普及率が2、3割まで上がると思うが、普及していない99%をどのように効率的に運営するかを考えることが非常に大事。乗車していない時間をマネタイズすることがポイントになる。1%でビックデータが手に入れば、どの道路で乗車率が高いかなどを分析できる。神奈川県全域で現在、5000台が稼働可能、実証実験中だ。実はこれも一種のOMO(Online Merges with Offline)の考え方から実施しているものになる。1%のデジタル部分から入って、リアルの体験を向上させ、顧客を増やす。つまり、リアルの体験がデジタライズゼーションさせていくのだ」と述べた。
登録車数8000台に達する「エニカ」サービスについても説明した。ディー・エヌ・エーでの運営開始から3年が過ぎ、黎明期を超えたところだという。「東京のどの立地にどの車種があり、シェア率やお小遣い制度の状況など、シミュレーションできるところまで到達している。予想以上にマイカーを持っていない層の応募も多く、車の普及に実は貢献できている。車ディラーとウィンウィンの関係も築き、自動車の販売、所有、メンテナンスをデジタルフォーメーションしていくサービスを目指す。これも考え方としてはOMOを実行している」と補足した。このほか、自動車事故削減のソリューション「ドライブチャート」についても紹介。このサービスも環境に作用されることによって、デジタリゼーションを実現するOMOの応用編であることが強調された。
最後に中島氏はこのようにまとめた。「取り組みを始めたことによって、いろいろな業界の方から声がかかる。不動産業界からも注目されている。MaaSは鉄道、マイカー、カーシャア、物流、交通手段を跨ぐことで付加価値を持たせるが、共通決済に付加価値ないと考える。コネクティッドされて、バーチャル化していくことによって、周辺産業に作用していく。つまり、モビリティ産業の発展は、周辺産業を変えていく。デジタルトランスフォーメーション先進国の中国から学ぶべきことは多い。OMOの概念を理解することで日本も半歩先を進めることができる」。
特別講演「組込み分野におけるDX推進への期待」
組込みIoTイノベーション議員連盟 事務局長 宮内秀樹氏
冒頭、衆議院議員の宮内氏は「国会関係者、政府Society 5.0組込みソフトウェアの重要性を感じ、政策に組み込み、新しいイノベーションを作っていくべきだと認識して、活動している」と述べ、活動の方向性について主に説明した。宮内氏は自由民主党内にある「組込みIoTイノベーション議員連盟」の事務局長を務める立場から、「バックデータのなかで作り上げている組込みソフトウェアの存在を世の中にわかっていただき、これからの進化をみんなで考え、トップ企業の方々にも再認識してもらい、重要性を高めていきたいと思い活動している」と活動の趣旨を述べた。
同連盟では日本初の標準化を図る議論や技術者の育成、ネットワーク作りなどを活動の基盤としている。また活動の結果として、組込みIoTについて国家政策である「未来投資戦略2019」などにも明記されている。宮内氏は「組込み関連産業はGDPの割合では11%ほど。全体の産業からみると、一部に過ぎないが、輸出に占める組込み関連は61%にも上り、さまざまな産業に関与しているものになる。日本のモノづくりの重要な商品に入っていることがわかるだろう」と、組込みIoTイノベーションの推進を今後も継続させていくことを力強く述べた。
講演3:「システムアーキテクチャ~デジタルトランスフォーメーションのための社会・産業構造デザイン~」 ‐
慶応義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科教授 白坂成功氏
慶応義塾大学大学院教授の白坂氏は「世界産業構造のデザイン」をテーマに講演を行った。冒頭、白坂氏はその概念について説明した。「人は無意識に情報を選択している。この認知バイアスは誰でも持っているものであり、繰り返すと、認知の固着が起こる。専門家バイアスというものがわかりやすい例だ。専門家は同じ部分をみてしまい、多様性に欠けてしまう。だから、自分とは違う認知のバイアスを持つ相手と組むことで、バイアスを越えることができる。ただし、単純に違う認知バイアスを持つ人を集めてもうまくいかない。仕組みを作る必要がある。そこで、システムのアーキテクチャの概念について話したい」と話し、白坂氏の研究分である方法論をもとに多様性の活かし方を解説していった。
現在は「ブーカの時代」にあるという。その理由について「考え出したものが継続的にキープできず、計画通り実行しても、環境そのものが変わってしまう。だから、いいと思っていたものがダメになっていくのだ。そこで、国と民間との役割分担を変えることを促進している。そもそもやりたいことは何か?を考えると、自由度が上がっていく」と述べた。そして、ガバナントソサエティにおいて「これまでは法規制にそってアーキテクチャを考えてきたが、これからはアーキテクチャと同時に法規制を作っていかないといけない」と指摘した。またSociety 5.0「バラバラのドメインを繋いでいくのではなく、全ての総接続性を考えていくことが必要だ。システムのアーキテクチャを実行すべき」と強調。なお、要素と要素の間の関係性を決めていく過程で、建築用語であるアーキテクチャの考えはIT分野でも製品でも使われているという。
最後に白坂氏は「MaaS、スマートシティの全てのアーキテクチャにおいて国も方向性を決めていくべきである。専門家は可視化していくことで埋め込んだものを改めて気づくことができる。アーキテクチャの記述の目的を明確にすることも大事だ。また理論と実践の両方の経験を積んでいく場所を作っていかないといけない。多岐にわたる分野を統合させていくべきだ」と提言した。加えて、課題についても触れ、「人が見える範囲は限られている。見ている範囲は一部に過ぎない。全体を見ている人はほとんどいない。自分と違うことを言う人は自分とは違う何を見て、自分には何が見えていないのかを掘り下げることが大事。合っているか、違うのかという議論の前に違う原因と、見ているものの全体像を掴まないと全体のシステムのアーキテクチャを理解することはできない。それができる人材を次の世代に託していくことも必要だ」と話し、まとめた。
講演4「MaaS時代のソフトウェア開発革新の取組み~社内にシリコンバレー流をつくる~」
株式会社デンソーMaaS開発部長兼デジタルイノベーション室長 成迫剛志氏
デンソーの成迫氏は社内にシリコンバレー流の組織を構築するなど自身の経験談をもとに、デジタルトランスフォーメーションに対応する今後のソフトウェアについて説明した。今後、グローバルスタンダードが日本にも浸透していくことが予想されるなか、「カジュアルで情報交換の密度が濃く、意思決定が早いグローバルスタンダードは、言うなれば大阪のおばちゃんのノリに等しい。だから、社内では大阪のおばちゃんを目指すべきだとよく言っている」と成迫氏は持論を展開した。また、これまでの経験則から「この20年の間にビジネスにならないと思われていたものが今、ビジネスになっている。言わば、今はITビジネスのカンブリア大爆発期にある」と考えを示した。そんななか、アメリカは売上を伸ばすことにITを活用し、日本はコスト削減にITを使っていることも指摘した。さらにスピード感についても日米に差を感じているという。
こうした状況から日本でも社内にシリコンバレー流の組織が必要だと考えた成迫氏は、デジタルイノベーション室の立ち上げに携わることになった。同室は2017年4月にデンソー社内に新設され、所属人数2名からスタート。2019年現在は80名ものスタッフ数を抱え、拡大していることを明かした。80名の内訳は30名が社員、残り50~60名は外部のスタッフで構成される。IBMや日立、楽天などからの出向者が外部スタッフに含まれる。開発チームの数も増え、現在は8つのチームがそれぞれの開発に取り組んでいる。プロジェクトから生まれたサービスも実現し、シリコンバレー流の組織体制から成功例を作り出している。このデジタルイノベーション室の概念について成迫氏は「スタートアップの仕事の仕方はゼロから一を作り出すことが基本になる。新たなアイデアが出たら、とにかく早く実行に移し、作りながら考えること。デジタルイノベーション室ではこれを大切にしている」と述べた。
最後に成迫氏はシリコンバレー流の組織作りのポイントについて「ゼロからイチを創ることはデザイン思考とサービスデザインを構築することに繋がる。早く作り、安く作ることはクラウドネイティブとオープンソースに繋がり、作りながら考え、顧客と共に創ることは内製化やアジャイル開発を促進する。それぞれが同じ土俵に立つために、同じ道具と、同じ文化、同じ体制を構築するにはこの3点セットを社内で進めていく必要がある。これが新しいビジネスを生み、支えるチームを作り、結果、リソースになる取り組みになっている」とまとめた。
講演5「DXで変わるモビリティサービス~MaaSとわたし~」
立命館大学 経営学部 教授 徳田昭雄氏
環境に優しいグリーンシティを目指しているフランス・パリに在住していたことから、パリの状況についてまずは報告された。大気汚染問題をきっかけに、グリーンシティ計画を政策的に進めているパリでは、シェアバイクの「Velib」をはじめライドシェアのコミュニティ数は3000万人にも増えているという。市場規模は350億円規模にも上る。「これまでさまざまなビジネスプレイヤーが参入しては撤退し、トライ&エラーを繰り返している。今流行っているのは電動キックバイク。バリジャンの足になっている。だが、けが人が発生するなど問題も起こっている。ポイントは実証実験を市場で行うということ。マネタイズできるのかどうかの判断を市場で試しながら、考えていくやり方は文化論的にも制度論的にも日本との違いを感じた」と徳田氏は話す。
現在、「Industry4.0」「Society5.0」「Platform3.0」「Mobility3.0」「OpenInnovation2.0」「University4.0」といった記号が世の中に溢れているのは「産業を越え、社会全体や生活者に大きな影響を及ぼすようになってきたからだ」と徳田氏は解説する。そのため、ソーシャルイノベーションを達成していくことが注目され、産官学、市民を巻き込みながら考えていく流れになっているという。具体的には「あるべき姿の実現に向かって、産学官がコークリエイションしていく。あるべき姿はMaaSで言うと、自然との共生やマイカー比率を引き下げることなど。社会がそれを掲げて、必要な手段としてMaaSを適応させていく」と説明した。さらに福島で実施中のプロジェクトについても紹介し、「復興からの挑戦になる。大学と民間企業がイノベーションを起こし、産学官、地域連携でスマイルコミュニティの創造をコンセプトにビヨンドスマートを進めている」と報告した
パネルディスカッション
講演を行ったディー・エヌ・エー中島氏、デンソー成迫氏、経済産業省和泉氏、立命館大学徳田氏が並んだパネルディスカッションでは様々な議論が飛び交った。改めてデジタルトランスフォーメーションの定義についても問われ、和泉氏は「役所としては企業の成長力を高めるものとして期待」、中島氏は「中抜きを連想させるが、コスト構造を変えるものだと理解すべき。ユーザー体験の設計があり、その裏に中抜き構造がある」、成迫氏は「繋げるためにITを使う。自社内にソフトエンジニアを抱えていないがためにできないという問題が発生するため、新しい組織を作った」、徳田氏は「欧州ではデジタルトランスフォーメーションという言葉は存在しない。プラットフォーマーがそれを担う」と、それぞれの考えを示した。
またMaaSを活用した日本の今後について徳田氏は「地方自治体と一緒に、あるべき姿を考えていくべき。構成内容が日本は物足りない。市民を絡めて、いかにコミックしていくか。パブリックの概念がフォーカスされていくはずだ」と予想。また中島氏からは「産官学の推進に賛成するが、ダイナミックにやる場合は、官からのお金に期待しないことだ」といった意見も出た。
デジタルトランスフォーメーションを進めていく上での考え方についても議論が活発化した。中島氏は「デジタルトランスフォーメーションも構造改革も手段は上流にある。世の中をこうしたいといった社会課題の解決にならないと変革の時代に大きなことを成せることができない」、成迫氏は「デジタルトランスフォーメーションを阻害する社内事情をみていると、フローズンミドルを排除するだけで、社内の風通しがよくなる。企業がやるべきことのひとつにある」、和泉氏は「日本の強みは現場主義。エンドポイントで改善することができる。公的機関が未来をみていく責任がある」、徳田氏は「優秀な人材が東京にたくさんいるが、中国ではIT分野にいる。優秀な人は必要なところにいるということ。オープンイノベーションを進めていくことが大事だと考える」と、重要ポイントがそれぞれから提言され、締めくくった。