都市部の交通渋滞を緩和するシンガポールのERPシステムとは?

シンガポールは「世界のスマートシティランキング」に毎年名を連ねている。 スマートシティとは、街中のあらゆるモノがインターネットとつながることによって、便利で環境に優しく、かつ持続可能な発展を望むことができるまちづくりのことを指す。

2018年にIESEビジネススクールが発表した世界のスマートシティランキングによると、シンガポールは50カ国中6位にランクインしている。


シンガポールにはIntelligent Transportation System(インテリジェント交通システム、以下ITS)と呼ばれるスマート交通システムが発達している。以下ではスマート交通システムはいくつかの計画が実行されているが、この中でも都市部の交通渋滞を緩和する「ERP」というシステムについて解説していく。

ERPの特徴

シンガポールでは、Electronics Road Pricing (電子道路課金制度、以下ERP)と呼ばれるシステムが導入されている。ERPシステムは、全ての車両に挿入されたスマートカードから料金を差し引くことができる。これだけ読むと、「日本のETCとさして変わらないのではないか」と思うだろう。

ERPが異なるのは、日本のETCのようにカードから一定の高速料金を差し引くのではなく、時間や道路の混雑状況によって異なる料金が課される点だ。

しかし、混雑状況に応じて料金を変えることは一体どのようなメリットがあるのだろうか。

ERP導入によるメリット

シンガポールの陸上交通庁のHPには、ERPについて次のように説明されている。

ERPは道路混雑を管理するために用いられる電子道路課金システムです。従量制の原則に基づき、運転手はピークの時間帯に値段の高い道路を利用することで課金されます。
ERP料金は地域の交通状況や道路、また時間帯によって異なります。これにより、運転者が交通機関や交通ルート、また移動時間を変更することにつながります。


つまり、ピーク時の道路の交通量を減らすために混雑しがちな道路を通ったり利用回数が多い車両には高い料金が課され、それほど利用しない車両には低い料金またはほぼ料金がかからずに利用できる。また公共交通機関を利用する人が増え、結果的に適正な交通量を維持することができるという考えのもとに実施されている。

ERPシステムが導入されているエリアでは入り口に大きく「ERP」と表示されているためわかりやすい。ゲートには料金の表示と、その料金が適用される時間が表示される。

同じページにはERPのメリットとして次のように記載されている。

● 主要高速道路だけでなく、CBD※1およびオーチャード・ロード※2の使用頻度の高い道路でも交通量を最小限に抑えます。

● 自動車運転者に代替案を検討するよう奨励することにより、道路網の利用を最適化します

● ドライバーに公正な価格を提供します。 料金は使用量に基づいており、道路を使用する人はより多くを支払います。 一方、道路の使用頻度が低い人やERP以外の時間帯に旅行をする人は、より少ない費用で支払う必要はまったくありません。

● 毎月/毎日のライセンスはもうありません。 自動車運転者はCBDの交通量の多い地域を運転するために紙の免許証を購入する必要がなくなりました。

● 人的ミスはありません。 ERPの信頼性が高く完全に自動化されたシステムは24時間稼働しています。 その中央コンピュータシステムはガントリーが常にきちんとはたらいていることを保障します。

※1Central Business Districtの略。都市の中心的なビジネスエリア。
※2シンガポールの繁華街にある、渋滞が特に激しい道路。

ERPの仕組み

都市部の交通渋滞を緩和するシンガポールのERPシステムとは?
画像出典:シンガポール陸上交通庁

ERPは日本のETCと同じようにゲートを通るだけで料金が請求されるしくみだ。ただし、日本の高速道路入り口と異なりETCレーンと通常レーンが分けられているわけではない。ガントリーを通過する際には車に搭載するユニットにキャッシュカードが挿入されていなかったり、残高不足だと罰金が課せられるので注意が必要だ。

ガントリーとは、ERP入り口にあるゲートである。このガントリーが車に搭載しているキャッシュカードを近距離無線通信により読み込むことで課金が行われる。

ガントリー上部にはERPが適用される時間帯と、車両ごとの料金が表示されている。料金は定期的に見直しがされている。

ERPの効果

ERPの導入によってどれくらいの効果があったのだろうか。ERPの導入効果について研究した論文には次のように書かれている。

This study finds that commuters switch to public bus services by 12 per cent to 20 per cent in the morning hours and by approximately 10% in the evening after congestion tax increase in the affected gantry area compared to the non-affected area and time through difference-in-difference method. Also, we found that the increase in bus ridership has long-lived effect at least within two months.

出典:Regional Science and Urban Economics, Vol. 60, 2016, "Impact of Electronic Road Pricing (ERP) Changes on Transport Modal Choice", Sumit Agarwal, Kang Mo Koo著
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2641270

(訳)「この研究では渋滞税が上がることで影響のあるガントリーエリアとそうでないエリアを比較すると、朝の時間帯に公共のバスサービスに切り替えた通勤者は12~20%増え、夕方の時間帯にはおよそ10%増加したことを発見した。また、バスの利用者数の増加は少なくとも2ヶ月以内に長期的な効果があることがわかった。」

また、KPMGの「インフラ100:世界市場レポート2014」によると、シンガポール市内の道路における平均車速は時速27kmで、ロンドンの16km、東京の11kmと比べるとスムーズに車両が流れていることが読み取れる。


人工衛星を用いた進化するスマート交通

ERPは都市部の交通渋滞を緩和する効果があることがわかったが、2020年からはさらに新しい計画が実行される予定だ。

Global Navigation Satellite System (グローバル・ナビゲーション衛星システム、GNSS)と呼ばれるもので、人工衛星による測位によってさらに正確な車両の特定や、全体的な交通量を把握することに役立つと考えられている。GNSSを実施するためには、OBUという新しい車載ユニットの搭載が必要になる。

GNSSでは次のようなことが可能になる。

● オフピーク車の使用にたいする自動的支払い
● 路上駐車の電子支払い
● チェックポイントでの電子支払い
● 運転者の居場所に合わせたリアルタイムの交通情報の提供

GNSSの運用に向けて、シンガポール陸上交通庁はシンガポールのIT企業であるNCSと三菱重工業エンジニアリングシステムアジアと協力して研究開発をすすめている。

まとめ

世界の都市部の交通渋滞は深刻な問題である。
シンガポールのERPシステムは道路使用料金を車両によって変動させることによって運転手に代替案を提案する。これにより、混雑しがちな道路を選択する人が少なくなることで渋滞を緩和し、人によっては公共交通機関を選択する人も増加することがわかった。2020年にはGNSSの運用が計画されており、この計画がシンガポールの交通システムにどのような効果を与えるのか注目が集まる。