社会的信用を評価する「ソーシャル・クレジット」、2020年の実用に向け中国で実験が進む

中国ではにわかに信じがたい社会的な実証実験が行われている。「ソーシャル・クレジット(社会的信用)」と呼ばれるこの実験は、2014年に中国政府が『社会信用システム構築のための計画の概要』と題して提案した社会的実験で、社会的信用スコアを数値化することで個人の信用を可視化させる目的がある。すでに数百万人の被験者で実験が進められており、2020年には運用開始が発表されている。


社会的信用を可視化することでどのようなメリットがあるのだろうか。
以下では、中国で静かに実験が進んでいる「ソーシャル・クレジット」について解説していく。

ソーシャルクレジット実験の概要とメリット

ソーシャル・クレジット実験は複数のパイロットプログラムが存在する。ソーシャルクレジットスコアは国民一人一人に割り振られる。上限が決められたスコアのうち、数値が高ければ高いほど「社会的に信用が高い」人物であるとみなされる。

社会的な信用スコアが高いと一体どうなるのか。
具体的なメリットとしては、様々な場所で優遇された待遇を得ることができる。たとえば、ホテルや空港でVIP待遇をされることや、ローン利率を低く抑えること、またレベルの高い教育機関や就職先に最短距離で行くことができる。

実験では中国全土にあるCCTVカメラによって対象者が監視される。被験者は顔認識技術や身体スキャン、ジオトラッキングによってどこの誰であるのか、またどこにいるのかを常に追跡できる状態である。

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画像出典:Pixabay

ABCニュースの記事ではDandanという中国人女性について説明されている。
彼女は中国全土にある2億個のCCTVカメラネットワークによって常に監視され、どんな小さな行動も社会的に評価をされている状態にある。日々の買い物からSNS上での発言もスコアリング対象である。例えば、スーパーでお酒を買うことは良いイメージを持たれないためスコアが下がり、子供用のおむつを買うことは社会的な責任をイメージさせるのでスコアが上がるといった具合である。彼女はこの実験に対して反対しておらず、むしろ中国全土に監視カメラが付いていることでより安全を感じると述べている。

Dandanは「Sesami Credit」という金融アプリで800点中770点という高いスコアを獲得している。このアプリで高い得点を得ることにより、彼女はホテルやレンタカーや賃貸物件を借りるときにデポジット(敷金)を支払う必要がない。

しかし、市民に対するスコアリングはただのインターネット行動や日々のショッピング、またスマートフォンにどのアプリを入れているかだけでは判断されない。

全ての行動も評価対象だが、人間関係も同様に評価される。Dandanは自身同様に社会的なスコアが高い夫と結婚している。また彼らの息子は社会的信用の高い両親を持つことによって様々な場面で社会的優遇を受けることになる。

社会的信用スコアが低いとどうなるのか

Dandanは信用スコアの高い、いわば「上級市民」のようなものだ。
しかし、信用スコアが低いとどのようなことが起こるのだろうか。

社会的信用スコアが低いと、公共サービスを受ける面で様々な不都合を享受しなければいけない立場となる。例えば旅行を禁じられたり、ローンを組むことや条件の良い仕事に就くことが難しくなる。他にもこのような不便さを強いられることになる。

・公共交通機関が利用できない(移動を制限される)
・インターネット回線速度の制限
・良い教育や仕事を得る権利がない
・高級ホテルから宿泊拒否される
・信用の低い市民として名前が公開される
・ブラックリストに名前が載る

同じ記事の中では、Dandanと対象的に社会的信用スコアが低いLiu Huについても紹介されている。Liuはかつて捜査ジャーナリストとして党の腐敗を明らかにしたり、ある殺人事件の解決にも関わった人物である。しかし彼はあることをきっかけに社会的信用スコアが低くなってしまった。

彼はある当局者の強要について非難したが、名誉毀損で訴えられ敗訴した。Liuは公式には謝罪したが、裁判所からの罰金支払い命令を拒否したことでこのパイロットシステムでは「不誠実」と判断され、ブラックリストに入ってしまった。この一件でLiuのジャーナリスト活動は常に検閲の対象となり、調査活動を記録していたWeiboやWeChatといったSNSのアカウントは閉鎖されてしまった。

またこの件から数ヶ月後、彼は飛行機のチケットを購入しようとしたところ、購入を拒否されてしまった。アプリを経由した電車のチケットの予約も同様である。

ソーシャル・クレジットは格差社会を増長させる?

ソーシャル・クレジットは今のところ実験的プログラムだが、様々な問題を含んでいる。まず監視カメラの撮影による肖像権やプライバシー権の侵害、またスコアの低下を恐れるあまりにネガティブな言動をする市民は少なくなると考えられるため言論の自由の制限も指摘できる。

それ以上に問題なのが、一旦社会的信用を失ってしまうことで一人の人生を転落まで追い込まれてしまうことである。正しく生きることはクリーンな社会構築を目指すことができるのかもしれないが、「何を基準に評価されるのか」によって人の人生が大きく左右されてしまう。上記に挙げたLiuの場合、たった一度罰金を拒否したために様々な場面で生活が難しくなってしまった。

一旦社会的に弱い立場に立たされると、ここから這い上がることは難しい。ソーシャル・クレジットは新たな差別を生む可能性が大いにある。

また独裁政権がこのようなシステムを利用すると、国民が政権の意のままにコントロールされてしまう可能性も指摘できる。

ソーシャル・クレジットは本当に実現されるのか?

中国で実験中のこのソーシャル・クレジットだが、2020年までに本当に運用開始されるのかについては疑問が残る。このようなシステムが実際に運用されるようなことになれば、国際社会の目も厳しくなるだろう。アメリカ・ニューヨークに本部がある人権に関するNGO団体「Human Rights Watch」は中国のソーシャル・クレジットに対して「ぞっとする」とコメントしている。ジョージ・オーウェルの小説「1984」に登場するビッグ・ブラザーそのものを体現したかのようなシステムだからである。

Wiredの記事では、中国政府がRapid FinanceやSesame Credit(Alibaba傘下企業)といったビッグデータを持つ8つの民間企業に社会的信用スコアのシステムとアルゴリズムを提示するライセンスを与えていると述べられている。

実現するかどうかは不透明だが、中国では国民の信用をスコアリングする実験が実際に行われていることは頭に入れておいた方が良いだろう。