IT先進国・エストニアのプログラミング教育

インターネット回線を利用した世界的な無料電話サービスの先駆けであるSkype(スカイプ)が生まれた国、エストニア共和国。人口はおよそ130万人と規模は小さい国であるが、世界で初めて行政サービスにおいて電子化を進めた国である。

日本では2016年からマイナンバー制度が始まったが、エストニアではすでに2002年から国民にIDを割り振って管理する制度が運用されている。

この他にもオンラインバンクでの取引、選挙のオンライン投票、税金処理、電子署名、電子カルテなど、生活のあらゆる面において電子化が浸透している世界でも非常に珍しい国である。

電子化を進めることによって事務作業をおこなう人員を削減することができるというメリットや、外出が難しい障害者・高齢者にとっても利便性を高めると言う意味もある。

そしてもう一つは旧ソ連による長年の統治時代が関係している。ソ連解体後エストニアは1991年に独立したが、電子化を進める理由として、もし領土が占領されて消滅してしまったとしても電子化によって国を再興させる基盤を作っているとも言われている。

このような歴史背景を持つエストニアであるが、次世代を担う若者に向けてプログラミング教育が進められている。以下では、IT先進国エストニアのプログラミング教育について述べていきたい。

PISAではエストニアが着実に順位を上げる

OECD(経済協力開発機構)はPISA(Programme for International Student Assessment)という国際的な生徒学習到達力テストを2000年から3年毎に開催している。

PISAの対象はOECD加盟国のほとんどで義務教育が完了する15歳の学生で、2015年の開催時に参加した国は72カ国。エストニアは2012年に調査された時より着実に順位を上げており、特に科学応用力は第3位と欧州の中でトップを記録した。その他では読解力は6位、数学的応用力では9位と上位10以内に入っている。

●科学的応用力

1位 シンガポール      ( 3位)
2位 日本          ( 4位)
3位 エストニア       ( 6位)

●読解力

1位 シンガポール     ( 3位)
2位 香港         ( 2位)
3位 カナダ        ( 9位)
4位 フィンランド     ( 6位)
5位 アイルランド     ( 7位)
6位 エストニア      (11位)

●数学的応用力

1位 シンガポール     ( 2位)
2位 香港         ( 3位)
3位 マカオ        ( 6位)
4位 台湾         ( 4位)
5位 日本         ( 7位)
6位 北京・上海・江蘇・広東( 1位)
7位 韓国         ( 5位)
8位 スイス        ( 9位)
9位 エストニア      (11位)
※()内の順位は2012年のランキング

出典:ホウドウキョク
https://www.houdoukyoku.jp/posts/3931

ランキングにはフィンランド、アイルランド、スイスも入っているが、3つの項目で上位10位以内に入っているのはヨーロッパ域内ではエストニアだけである。なぜエストニアは他のヨーロッパ諸国を差し置いてこれほど高いパフォーマンスを示すことができたのだろうか。

エストニアの教育の秘密は「平等な教育」にあり

エストニアの教育は、貧富の差にかかわらない平等な教育が関係している。

もちろんエストニアにも貧富の差はあるが、その理由で学力に差が生じるということはないという結果が得られた。2012年のPISAの数学試験においては、親の収入が低い子供の3分の1以上が数学試験におけるトップ・パフォーマーであった。

またエストニアは富裕層と貧困層の生徒の学力のギャップがOECD加盟国の中で2番目に小さい国である。

エストニアは多様な民族が混じり合った国であり、バックグラウンドも様々だ。エストニアの公用語はエストニア語だが、他にロシア語も話されている。

かつて旧ソ連の支配下にあったチェコやハンガリーはエリートに向けた教育にシフトしたのに対し、エストニアは多様なバックグラウンドを持つ生徒に対しても平等な教育の機会を与えた。これはかつて同じソ連の支配下にあった国でも大きな違いであると言えるだろう。

エストニアの「ProgeTiiger」を用いたプログラミング教育

エストニアのプログラミング教育は国家的なIT戦略とプログラマーの労働力不足を解消する目的の二つがある。

プログラミング教育は7歳から19歳までの生徒を対象におこなわれる。

エストニアでは近年Tiger Leap Foundationが開発した『ProgeTiiger 』と呼ばれるプログラミングのためのソフトウェアを活用することにより、子供が幼い段階からプログラミングを楽しみながら学ぶことができる。

ProgeTiigerの開発は政府の資金提供による支援とコーディング教育に関心のある教師たちのボランティア活動によって制作が進められたプロジェクトである。

参考:American Association for Advancement Science、The ProgeTiiger Initiative
https://www.aaas.org/blog/aaas-serves/progetiiger-initiative

ProgeTiiger のウェブサイトを覗いてみると、いかにも子供受けしそうなカラフルでかわいいキャラクターを使った親しみやすい作りになっており、ゲームをしている感覚でプログラミングを学ぶことができることが容易にわかる。

しかし、この学習方法で幼い子供にも実践的なプログラミング知識が身につくのかという疑問がある。

ProgeTiigerはプログラミングのロジックと数学的思考を育むことができる。幼い段階からプログラミングの複雑な理論について完全に理解することは難しいが、さらに詳しいロジックや数学的思考は高校において教えられるため、小学校低学年から始められるプログラミング学習はまずは基礎を固めるための入り口といったところだ。

エストニアはIT系スタートアップがひしめく国

IT先進国・エストニアのプログラミング教育

画像出典:Pixabay

近年のスタートアップの聖地といえばイギリス・ロンドンやドイツ・ベルリンなどが思い浮かぶが、1都市におけるスタートアップ数の多さではエストニアも負けてはいない。エストニアにはおよそ431ものスタートアップ企業が存在する。

エストニア発のITサービスとして一番知られているのはSkypeであるが、近年ではイギリスのフィンテック企業TransferWiseもエストニアのタリンにも支社を構えている。TransferWiseの共同設立者兼CEO, Taavet Hinrikus氏はかつてSkypeの最初のメンバーであったというおまけ話がある。

参考記事:不透明さをクリアに。イギリス発フィンテック企業TransferWise
https://bp-affairs.com/foresight-insight/2017/11/transferwise.html.preview.html

IT系のスタートアップが数多く存在するエストニアにおいては、これからもプログラマーやエンジニアの需要がますます高まっていくであろう。国内での需要に加え、ITエンジニアやプログラマーは世界中で需要があるため、スキルを持っている人材は場所を選ばず世界中で活躍することができる。

まとめ

以上、エストニアのプログラミング教育について紹介した。
エストニアは独立して30年足らずであるが、今やIT技術を駆使した電子国家として世界中から注目を集めるようになった。

エストニアがプログラミングの早期教育をおこなうことは今後の生き残りをかけた国家戦略という意味でも重要であるが、世界的に需要が高いITエンジニアやプログラマーの育成によってどこでも活躍できる人材を育むことができる。

エストニアは領土を奪われた過去もあり急速に電子化を進めたが、電子化によってもたらされたのは世界中のどこにいてもエストニア国民としてのアイデンティティを持てることだろう。

デジタル国家は領土の概念も覆してしまうのかもしれない。