培養肉は食肉の常識を変える?イスラエルのバイオテック企業 SuperMeat

日本ではまだ少ないが、ヨーロッパや北米では食事のほとんどを野菜から摂取するベジタリアンが多い。もちろん大多数の人がベジタリアンなわけではないが、日本よりはベジタリアンの人に遭遇する確率は高いだろう。

ベジタリアンはさらに細かく分類され、卵、牛乳、バターといった動物由来のものを口にする人もいれば、卵を食べない人、動物性の食品を全く摂取しないヴィーガンなどがいる。ベジタリアンの人に共通するのは、主に野菜を摂取し、動物の肉を食べないことだ。

ベジタリアンが肉や動物性由来の食品を食べない理由はそれぞれだが、大まかにはこのような理由が挙げられる。

・動物が人間のために殺されることに反対している
・地球温暖化問題を考えて行っている
・動物の肉を食べると気分や体調が優れない
・宗教上の理由で食べない

ヨーロッパや北米においてはベジタリアンになる人が増えており、特に若年層に多い。動物性の食物を摂取しないことはもはや一種のトレンドとなっており、食肉を口にすることは「クールではない」と考える人もいる。レストランにも必ずと言っていいほどヴィーガンメニューがある。

そこで必要になるのがベジタリアン・ヴィーガンに向けた食品の開発だ。参考までに、これらはドイツのスーパーマーケットで売られているヴィーガン向けの食品の一部だ。

培養肉は食肉の常識を変える?イスラエルのバイオテック企業 SuperMeat
ヴィーガン用ソーセージ

培養肉は食肉の常識を変える?イスラエルのバイオテック企業 SuperMeat
棚一面に並ぶヴィーガン向け食品

培養肉は食肉の常識を変える?イスラエルのバイオテック企業 SuperMeat
豆腐製品

画像:筆者撮影

動物性由来のものを口にしないとは言っても、やはり美味しいものは食べたい。ヴィーガン向け肉の代用としてよく使用されているのが豊富なたんぱく質を含む豆腐だ。豆腐を原料として作られたソーセージやハンバーグといった製品が作られているが、やはり普通の肉とは風味や食感が少し違う。

以下では、動物を殺さずに、培養肉を製造する事業をおこなっているイスラエルの企業SuperMeat(スーパーミート)について紹介したいと思う。

"鶏肉をつくる"SuperMeatとは?

培養肉は食肉の常識を変える?イスラエルのバイオテック企業 SuperMeat

画像出典:SuperMeat

SuperMeatはイスラエル・テルアビブで2015年に設立されたバイオテック・スタートアップ企業だ。すでにアメリカの投資会社などから300万ドルのシード・ファンディングを受けている。

2018年1月にはヨーロッパにおいて第3位の鶏肉出荷量を誇るドイツ最大の養鶏企業、PHW(ペーハーヴェー)とパートナーシップを結んだことを発表した。PHWはSuperMeatのパートナー企業であると同時に、株式投資も行っている。

SuperMeatが行っている事業は、「にわとりを殺さずに鶏肉をつくる」ことだ。まだ商品は研究段階で市場には出回っていないが、SuperMeatが作ろうとしているのは細胞段階から育てられる鶏肉である。細胞段階からにわとりそのものを育てるのではなく、「鶏肉を育てる」のだ。

SuperMeatのウェブサイトで研究開発に関わっているナーマル博士が説明することには、公開されている「鶏肉の育て方」はこう説明されている。

細胞は実際のにわとりから痛みがないように表面の細胞を薄く採取される。この細胞は養液の中につけこまれ、細胞分裂することで徐々に鶏肉に育っていく。将来的には、この培養セットがスーパーマーケットやレストラン、家庭などで活用される可能性についても言及している。

鶏肉を人工的に作れることでどのようなメリットがある?

培養肉は食肉の常識を変える?イスラエルのバイオテック企業 SuperMeat

画像出典:SuperMeat

SuperMeatのウェブサイトに掲載されている動画の中では、鶏肉を人間が作れるようになることで様々なメリットがあると述べている。もちろんにわとりを殺さなくても良くなるというのは最大のメリットだが、動画の中ではこのようなメリットも挙げられている。

・99%の土地をカットすることができる。
・96%の二酸化炭素排出を抑える
・96%の水の消費を抑える

TechCrunchの記事では、Super Meatがオックスフォード大学とアムステルダム大学が行った培養肉の普及による環境への影響についての研究について言及していると述べている。

参考:TechCrunch、 Lab-made meat startup SuperMeat raises $3M seed to develop 'clean' chicken

https://techcrunch.com/2018/01/02/supermeat/

その研究というのが、牛肉・羊肉・豚肉・鶏肉・培養肉に分け、育てるのに必要なリソース(エネルギー消費/温室効果ガス排出/土地利用/水利用)はどの程度かというものである。

研究では1,000kgの培養肉 にかかるエネルギー利用は26-33 GJ 、水利用は367-521 m3 、土地利用は190-230 m2、CO2と温室効果ガス排出 は1900-2240 kg という結果が得られた。これは従来のヨーロッパにおける飼育方法で育てられた食用肉に比べておよそ7~45%のエネルギー消費削減、78~96%の温室効果ガス削減、99%土地利用削減、82~96%水利用削減につながるとみられている。

出典:Environmental Science & Technology、Environmental Impacts of Cultured Meat Production

http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/es200130u

ドイツの巨大養鶏企業PHWグループの狙いは何か?

しかしドイツの養鶏企業PHWが培養肉の製造を行うSuper Meatとパートナーシップを結ぶのはいったいどういうことだろうか。養鶏企業であれば、さらに鶏肉を出荷することで売上につなげたいと考えるだろう。もしSuper Meatの鶏肉が広まっていけば、それだけ通常の鶏肉の出荷量も減るのではないだろうか。

PHWグループは長期的な戦略に基づいて今回のパートナーシップ締結に乗り出した。PHWグループのCEOペーター・ヴェスヨハン氏は、今回のパートナーシップ締結の理由についてこのように語っている。

「今回のアプローチは私たちの養鶏ビジネスのコアであるベストな動物への福祉コンセプトの発展を促進するだけではなく、よりクリーンで、よりたんぱく質を豊富に含む食事を求める世界の消費者トレンドを主導する役割を確立することで、私たちのヴィーガン製品ポートフォリオを強化することにもつながります。」

PHWが行っている事業は養鶏だけではなく、35以上の独立した企業を抱えるグループ企業だ。今回のSuper Meatとのパートナーシップと株式投資は、将来の企業の発展を見据えたものである。

若年層においてベジタリアンが増えていることから、従来の食生活の変化が起こっているのは明白だ。これまでは肉を食べていたが、考え方が変わってベジタリアンを選択する人もいる。今後、続く世代においてベジタリアンを選択する人は徐々に増えていくかもしれない。PHWのSuper Meatに対する投資は、鶏肉を今以上に販売するために売り込んでいくのではなく、動物の肉を食べないベジタリアンが増えているという現実を認識し、今後の変化を見据えた成長戦略なのであろう。

SuperMeatの培養肉の製造・流通が成功すれば、これまでの食肉に対する意識が変わってくる。もちろん、培養肉は不気味だから口にしたくないと考える人も多くいるだろう。しかし培養肉が人間の健康を損なうことなく環境への負荷を本当に軽減するものであると証明されれば、これほど良いことはない。培養肉が普通に流通するようになれば、人間のために動物が殺される機会は少なくなっていくのかもしれない。

参考:SuperMeat

https://www.supermeat.com/