海馬にて、文脈と記憶を辿る神経細胞集団の活動が明らかに

側頭葉の内側にあり、大脳辺縁系で重要な領域となる。タツノオトシゴみたいな形をした海馬は、記憶を司る。アルツハイマー型認知症ではそれが萎縮している、様子はMRI検査で確認できる。

海馬のメカニズムはしかし、よく分かっておらず、2つの仮説が提示されている。「いつ、どこで、何が起こった」という文脈情報に基づいたエピソード記憶について、'14年ノーベル賞に輝いた「場所細胞」による「認知地図仮説」では、海馬の神経細胞は動物のその時々の位置情報を伝える地図のようなもので、その活動によって文脈とエピソード記憶を定義する――海馬の記憶素子は任意の場所における位置情報を保存するとしている。

一方、「記憶インデックス仮説」では、エピソード記憶を構成する情報は海馬ではなく大脳皮質に保存されていて、海馬にはそれらを呼び起こすためのインデックス(索引)が記録されている。文脈条件づけという行動実験とc-Fosなどの最初期遺伝子を使った研究では、この記憶インデックス仮説と矛盾しない結果が得られている。動物が新しい文脈を経験するとき、海馬には、空間内を移動しなくても活性化される神経細胞が存在する。

場所に限らず文脈に応答して活性化される海馬神経細胞群は「記憶エングラム」とも呼ばれ、人為的に活動を誘導・抑制することでその文脈についての記憶を呼び起こしたり、抑制したりできると近年の研究で分かってきた。さらにこの記憶エングラムの活動を抑制することで、記憶を想起しようとする際に大脳皮質の神経細胞が再活性化されなくなる、記憶インデックス仮説と合致する報告もあるという。

理研の神経回路・行動生理学研究チームおよび基礎科学研究員らの共同研究チームは今月26日、JSPS科研費等の支援を受けて自由に行動するマウスの「記憶エングラム」の活動の記録に成功したことを公表。記憶エングラム細胞が位置情報ではなく文脈情報を保存していることを明らかにした。このたびの成果は、記憶デバイスとしての海馬の動作原理に迫る重要な発見だという。

テトロード記録法(個々の神経細胞の活動を記録する)と光遺伝学(光で活性化されるタンパク質を細胞に発現させ操作する技術)、特殊な遺伝子組換えを行ったc-Fos-tTAマウスを組み合わせ、マウスが新しい文脈を経験した際に形成される記憶エングラムの神経活動を記録――。解析の結果、記憶エングラムが表現する位置情報は極めて不安定であり、その活動は文脈のアイデンティティ(文脈を構成する情報の組み合わせ)に素早く応答していることが明白になった。

海馬には動物の位置情報を保存する場所細胞とは別に、文脈情報を保存する記憶エングラムが存在することと、海馬が記憶エングラムの活動を通してエピソード記憶のインデックスとして機能することを示している。今回の研究成果は、米国科学雑誌『Science』オンライン版に先行掲載された。