レーザーの散乱光をみるだけで薬物耐性大腸菌を判別

人類と病気との闘いの歴史において、感染症の克服は最も大きな課題の一つだ。細菌の増殖を抑制する抗生物質は、人類がその闘いから得た強力な武器であり、抗生物質の利用によって健康や平均寿命は飛躍的に向上したという。

近年、薬剤耐性菌の増加が世界中で問題となっている。それは抗生物質にさらされる過酷な環境で進化し、抗生物質を分解する能力などを獲得――。ある細菌種に対して有効な抗生物質が複数開発されている場合でも、抗生物質ごとに耐性を獲得した細菌も多く存在する。そのため、細菌種を同定しても、どの抗生物質に対して耐性を持つかが分からなければ、治療方針や新しい抗生物質の開発方針を立てられないという。

理化学研究所の先端バイオイメージング研究チームは、大腸菌にレーザー光を照射したときに波長を変えて散乱する光(ラマン散乱光)が、大腸菌が持つ薬剤耐性の違いによって異なる特徴を示すことを明らかにした。この現象を応用し、薬剤耐性大腸菌の種類を非染色・非侵襲・短時間で、しかもほぼ100%の確率で判別する方法を開発した。

光の波長(色)は、モノの固有振動数に対応していて、タンパク質、核酸(DNAやRNA)、代謝物等さまざまな分子で構成されている細胞では、単一色の光を照射して得られるラマン散乱光は多彩となり、これを分光すると、さまざまなピークを持つスペクトルとして計測される。スペクトルの形状は細胞内部の分子組成を反映していて、分子組成は細胞の状態や種類によって異なる――。つまりこのしくみを利用すれば、さまざまな抗生物質に対する菌の耐性の違いも、菌の分子組成の差として現れるはずだと考えた。

スペクトルの形状から薬剤耐性菌の種類を判別できると予想した。同研究チームは、多種類の試料のラマン散乱スペクトルを自動取得するための「ハイスループットラマン散乱分光装置」を開発。この装置は96の試料を培養できる96ウェルプレートを備えていて、複数の試料を連続して計測可能であり、これを使った実験では、多階層生命動態研究チームがラボ内で長期培養して薬剤耐性を持つように進化させた10種類の大腸菌株を用いた。そしてその親株(薬剤耐性獲得前の大腸菌)をウェルプレートでそれぞれ独立に培養し、合わせて11種類、計約200試料を用意して、ラマン散乱スペクトルを自動取得した。

それぞれの薬剤耐性大腸菌の遺伝子発現パターンとラマン散乱光の関係を調べ、特定の遺伝子の発現量と、ラマン散乱光の特徴との強い相関を見いだした。結果は、未知の菌に光を照射してそのラマン散乱光を見るだけで菌の種類を判別し、さらにはその菌の遺伝子の発現パターンまで推定できる可能性を示している。

病理診断や環境衛生管理における、正確・迅速な菌種の同定につながると期待される。研究成果は、英科学誌ネイチャーの「Communications Biology」にオンライン掲載された。