生体内で光る、シールみたいなナノ薄膜デバイスで光照射がん治療

心疾患と脳卒中が世界の死亡原因のトップ2を占めている。一方、感染症対策が進み、医療技術が発達し、生活習慣病にも注意している人が多い日本人の死因は、男女ともに'81年からずっと悪性腫瘍(がん)が第1位である。

がんはそれができた部位によって各最適な治療方法が選択される。なかでも、病変選択的な優れたがん治療法として認められている光線力学療法(PDT)は、光増感剤が集まった病巣へ(組織透過性の高い近赤外線レーザー)光を照射することにより発生する活性酸素でがんの細胞死を誘導するものであり、'90年代に保険承認された日本では、ポルフィマーナトリウムとタラポルフィンナトリウムを光増感剤として、食道がんや脳腫瘍の治療にあてられている。

そして'00年以降、出力の非常に弱い光源を用いた「メトロノミックPDT(mPDT)」法が提唱され、従来難しかった深部臓器にできたがん(肝がん、膵がん等)を治療できるとして大いに期待されている。が、mPDTでは、光源位置の僅かなずれによって腫瘍への光照射が不十分となる。そのため、生体内の臓器や組織上に長期間安定的に固定できる体内埋め込み型の発光デバイスの開発が望まれていた。

一方、生体内の組織や臓器表面は、粘膜や漿膜に覆われていて滑りやすく、電子素子を縫合術や医療用接着剤を使わずに固定することは困難と考えられてきたという。早稲田大学と防衛医科大学校の研究グループは、生体組織表面にシールのように貼り付けられる体内埋め込み型の近距離無線通信(NFC)発光デバイスを共同開発。これを光がん治療に応用し、背中の皮内に腫瘍細胞を移植した担がんモデルマウスを治療した。

上記デバイスを皮下に貼り付け、光増感剤のフォトフリンを静脈注射したマウスの、飼育箱下にある無線給電用アンテナからLEDに電力を送り、同デバイスを10日間連続的に点灯させた。結果、光照射により腫瘍が顕著に縮退し、緑色光によっても腫瘍を完全に消失させることに成功したという。

膜厚約600nmのシリコーンゴム製ナノ薄膜の表面に生体模倣型接着分子ポリドーパミン(PDA)を修飾することで生体組織への接着性を約25倍向上させた――高分子ナノ薄膜と無線給電式LEDを組み合わせた同デバイスでは、従来の1/1000の光強度かつ緑色光による高い治療効果を世界に先駆けて実証。生体組織上で2週間以上安定に、縫合せずに固定できた。

JSTさきがけ「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」の研究課題「移植用培養生体組織に搭載可能なナノエレクトロニクスの創成」の支援下で行われた、今回の研究成果は、英科学誌「ネイチャー・バイオメディカル・エンジニアリング」電子版に掲載され、患者への負担が少ない次世代型がん治療法としての応用や、深部臓器がんへの適用が困難とされていたPDTの適用範囲の拡大が期待されるという。