次世代スパコンで人脳シミュレーション、アルゴリズム開発に成功

脳を構成する主役は神経細胞。これは電気信号を発して情報をやりとりする特殊な細胞であり、その数はヒトの大脳で約160億個、小脳で約690億個、脳全体では約860億個にのぼる。神経細胞同士はシナプスでつながり合い、複雑なネットワーク(神経回路)を形成している。

ヒトの脳はしかし、現在の最高性能スパコンをもってしても、全体の規模で、神経細胞の電気信号のやりとりをシミュレーションが不可能である。'13年、ペタフロップス級のスパコンである理研の「」とドイツ・ユーリッヒ研究センターの「JUQUEEN」上で、神経回路シミュレータ「NEST」(適用例:パーキンソン病など)を用いて、神経細胞とシナプスのシミュレーションが行われた。その際の規模は、人間の脳の約1%相当であったという。

理化学研究所の国際共同研究グループは、次世代スーパーコンピュータでヒトの脳全体の神経回路のシミュレーションを可能とする新たな手法(アルゴリズム)の開発に成功した。

脳のシミュレーションにおいて、あらかじめ神経細胞とシナプスを仮想的にメモリ上に作製する従来のスパコンに最適化された手法が、対象範囲を非常に大にする次世代スパコンの計算を非効率にする。神経細胞を摸する際に生じるメモリ消費量の問題――メモリの約10分の1が神経細胞の情報で消費され、ヒトの脳全体の860億個では、従来スパコンの86倍のメモリが必要になり、次世代スパコンでもシミュレーションが困難となる。

諸問題を解決すべく、新アルゴリズムでは、シミュレーション開始時に計算ノード間で電気信号を送る必要性の情報を交換。各計算ノードが求める電気信号のみを送受信できるようにした。結果、無駄な送受信がなくなると同時に、電気信号を神経細胞へ送る判定用のメモリも不要になった。神経回路の規模が大きくなっても、1計算ノードあたりのメモリ量は増えず、省メモリ化を実現したという。

新アルゴリズムの導入によって、次世代スパコンを用いて脳全体のシミュレーションが可能になり、従来スパコンを用いた脳シミュレーションも高速化できる。実際、'14年「JUQUEEN」によるシミュレーション(5億2000万の神経細胞が5兆8000億のシナプスで結合)では、1秒間分の神経回路のシミュレーションに28.5分を要した――同じシミュレーションを新アルゴリズムで実行したところ、5.2分に短縮されたという。

今後、ポスト「京」などによるシナプス可塑性や学習のような脳機能に関する研究、ヒトの脳全体の神経回路のシミュレーションが可能となり、運動制御や思考の情報処理機構の解明に貢献すると期待される。新アルゴリズムは、オープンソースとしてNESTの次期公開版に搭載される予定であり、今回の研究成果は2月、スイスのオンライン科学雑誌「Frontiers in Neuroinfomatics」に掲載された。