停電時、船と車で昇降機を動かす

かつて9階に住んでいた。マンションにはエレベーターが1基しかなく、夏、買い物から帰ってくると、施設点検とやらでそれが止まっていた。

再稼働を待つほどの暇人ではない、短気な筆者はらせん階段を登った。汗でパンツも肌に張り付く、6階あたりでめまいを覚えた。

Tシャツの裾を扇いで風を入れ、下界を見ると、12階に住む顔見知りが手に黄色いビニール袋と黒カバン、肩には白いゴルフバッグ姿で玄関ホールに消えていった。高層住居の災難に、中年男や前期高齢者はまだ堪えられる。しかし幼児を抱いた女性はどうだろう? かかりつけの大学病院が近いし生活が楽だからと、3年前、郊外の戸建てから都心のマンションに引っ越していった72歳の知人が、停電時の苦痛を想定していただろうかとも思う。
病院や役所などでも事情は同じ。いや、非常時に人々が集まり、救護や対策本部などの機能を果たすそれらのほうが、いっそう深刻だろう。

災害発生に伴って生じる大規模な停電時には、建物機能の維持に加えて利用者や入居者の安全確保が求められる。特に、停電によるエレベーターの停止は、中高層階からの移動が極めて困難となるため、社会的な問題になっているという。三井住友建設株式会社は、国立東京海洋大学との共同で、大規模停電時における動力電源の供給を、船舶や電気自動車から合理的かつ経済的に供給することを可能にする、電源供給システム「陸・海電力コネクティングシステム」を開発した。

非常用発電機は防災設備への電源供給を主体としていて、保安電源用として発電機を整備している建物は多くない。また、小規模な建築物では、発電機自体がなく、停電時には全ての電気設備が停止する。ために近年、緊急時に電気自動車(EV)による電力供給を行う取り組みが進められているが、供給できる電源は電灯単相3線式200V/100Vであり、動力三相200Vの供給はできず、多くの建物で求められているエレベーターを稼働できない――といった課題に対し、開発された。

今回発表のシステムは、船舶から得られる電源をEVにより内陸部へ輸送する手段を提供するものであり、非常用(保安用)電源を持たない建物に対して合理的かつ経済的に電力を供給することができる。EVバッテリーから供給させる電灯電源を動力電源に変換する「交流電源安定装置」を備えていて、停電時でもエレベーターを稼働可能とのことだ。

EVを積極的に導入している横須賀市の協力を得て、実建物(久里浜行政センター)にて試験導入し、EVバッテリーによるエレベーターの稼働実証試験を、成功裏に終えている。三井住友建設では、この実験データや、今後都内の高層賃貸住宅で行う実証実験によるノウハウの蓄積を経て、省エネルギー高効率での実用化、およびコネクティングシステムの運用体制などの検討を進めていくとしている。